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異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第一章 ~転移~

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第21話 荷馬車の横を走る

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。

これは異世界テンプレに裏切られたおっさんの物語です。



 太陽が真上を過ぎ、影が少しずつ横へ伸び始めた頃、道は緩やかな下りになった。


 馬車は止まれない。


 止まれば、また動き出すために余計な力がいる。


 バルトは馬をなだめながら、速度を殺しすぎないよう手綱を握った。


 バルトが、一度だけ手綱を絞った。


 馬車の速度が落ちる。


 真司はすぐに分かった。


「落とすな」


 バルトが振り返る。


「だが」


「落とすな」


 真司は息を吐いた。


 喉の奥が熱い。


「俺が合わせる。ガレンを運ぶんだろ」


 バルトは何か言おうとして、やめた。


 セレーナが荷台から真司を見た。


 ルカも見た。

 若い護衛も、荷を押さえたまま動かなかった。


 真司は笑おうとした。


 たぶん、笑えていなかった。


「ローデンまで持たせるんだろ。だったら、馬車の機嫌を取れ。俺の機嫌はいい」


「よく見えません」


 セレーナが静かに言った。


「見えなくていい」


 バルトは前を向いた。


 馬車の速度が戻る。


 真司の足が、追いかける。


 歩きではない。


 走りでもない。


 走る手前の、意地だけで作った速さだった。


 土が足裏を叩く。

 膝が揺れる。

 額が脈を打つ。

 汗が背中を流れる。


 馬車は荷を運ぶ。


 ルカは袋を作る。


 セレーナは札を確かめ、また手元へ戻る。


 若い護衛は荷を押さえる。


 バルトは道を選ぶ。


 真司は走る。


 誰も、もうそれを止めなかった。


   ◇


 午後の光が傾き始めたころ、真司はついていくしかなかった。


 喉が乾く。

 太ももが重い。

 足の裏が熱い。

 息が胸の途中で折れる。


 ローデンという町は、誰かが道の先で少しずつ引っ張って遠ざけているのではないかと思うほど、見えなかった。


 真司は息を吸った。


 吸ったはずなのに、足りない。


「はっ、はっ、はっ……」


 呼吸だけが先へ行く。


 身体は遅れて、それを追いかける。


 荷台の中で、最後の袋が結ばれた。


 ルカの指は赤くなっている。


 セレーナの膝元には、紐で巻かれた小袋が並ぶ。


 若い護衛がそれを受け取り、小袋ごと分けた箱へ押し込んだ。


 その護衛が、真司を見た。


 真司は気づかない。


 気づく余裕など残っていない。


 若い護衛は水袋を取った。


「シンジ」


 真司は顔だけ向ける。


「口を開けろ」


「扱いが……家畜……」


「飲め」


「飲む……!」


 水が口に入る。


 半分は飲めた。


 半分は顎から胸へこぼれた。


 冷たかった。


 こぼれた分まで、ありがたかった。


「……助かった」


 真司が言うと、若い護衛は短く返した。


「ガレンを運ぶためだ」


「ああ」


 真司は頷いた。


「それでいい」


 若い護衛はそれ以上何も言わなかった。


 だが、水袋を戻す手は、少しだけ乱暴ではなかった。


   ◇


 道の先に、低い石積みが見え始めた。


 畑の境だろうか。


 その向こうに、木の柱と屋根のようなものがいくつか見える。


 煙も上がっていた。


 村とは違う。


 人の出入りがある場所の煙だった。


 バルトが短く言った。


「ローデンが近い」


 その言葉に、ルカが顔を上げた。


 セレーナも視線を上げる。


 真司は息を整えようとして、うまくいかなかった。


 近い。


 ようやく。


 だが、近いからこそ気を抜けない。


 到着直前の事故ほど、馬鹿らしいものはない。


「馬車溜まりまで行く」


 バルトが言った。


「途中で止めるより、その方がいい」


「持つのか」


「持たせる」


 短い言葉だった。


 だが、真司にはそれで十分だった。


 バルトは持つと言っていない。


 持たせると言った。


 その差が、今は頼もしかった。


 ローデンの入口らしき場所には、人が何人か立っていた。


 荷馬車。

 旅人。

 馬を引く男。

 背負子を背負った女。


 何人かがこちらを見る。


 壊れかけの馬車。

 紺の外套のセレーナ。

 小柄な行商人ルカ。

 警戒した若い護衛。

 手綱を握るバルト。


 そして、白い包み手で額に妙な紋を刻まれ、馬車の横を息も絶え絶えについてくる中年男。


 目立つ。


 かなり目立つ。


「……また見られてるな」


「目立ちますから」


 セレーナが言った。


「どの要素が?」


「ほぼ全部です」


「せめて一つに絞ってくれ」


「額」


「一番言ってほしくないところを選ぶな」


 ルカが荷台で小さく笑った。


 その笑いも、すぐに真剣な顔へ戻る。


 ローデンへ入る。


 売る。

 直す。

 休む。

 ガレンを診る。

 次の道を考える。


 やることは山ほどある。


 真司は息を吐いた。


 足は重い。


 喉は乾いている。


 だが、馬車はまだ動いている。


 ガレンも、まだ息をしている。


 それだけで、今は十分だった。


   ◇


 ローデンの馬車溜まりに入った瞬間、バルトは手綱をわずかに絞った。


 馬が足を緩める。


 車輪が土を噛む。


 ぎしり。


 最後にひときわ大きな音がして、荷馬車は止まった。


 真司も止まった。


 止まった、というより、止まるしかなかった。


 膝が笑う。

 太ももが震える。

 息が胸の奥で暴れる。

 汗が顎から落ちた。


「……着いた、のか」


 バルトが、車輪の音を聞くようにしばらく動かなかった。


 それから、低く息を吐く。


「持った」


 その一言で、真司は少しだけ笑った。


「持たせた、だろ」


 バルトがこちらを見た。


 真司は笑おうとした。


 今度も、たぶん笑えていなかった。


 それでも、言った。


「馬車、よくやったな」


 バルトは少しだけ眉を上げた。


 それから、車輪を軽く叩いた。


「ああ。よく持った」


 真司はその返事を聞いて、ようやく膝に力が入らなくなった。


 座り込む。


 馬車溜まりの土が、やけに近く見えた。


【疲労蓄積:高】

【脚部負荷:高】

【推奨:休息】

【補足:今回は本当に休息を推奨します】


 休息ボタン連打したい。


 ふと、馬車を見つめた。


「……一緒に走ったこの馬車に友情を感じる。名前つけようかな」


 バルトは呆れた顔をした。


 だが、誰かが笑った。


 ルカだった。


 泣きそうな顔で、少しだけ笑っていた。


 ローデンに着いた。


 まだ何も解決していない。


 けれど、少なくとも。


 馬車は壊れずに着いた。


 ガレンも、まだ生きていた。


 荷台には、道の上で作った小袋がある。


 真司は馬車溜まりの土に座り込んだまま、空を見上げた。


 知らない宿場町の空だった。


 それでも今は、昨日の知らない空より、少しだけ近く感じた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


真司の異世界生活は、まだまだ手探りです。

少しでも続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


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