第21話 名前はボード
【前書き】
いつもお読みいただきありがとうございます。
これは異世界テンプレに裏切られたおっさんの物語です。
最後。
【事象推測・初級】
【所有者の知識・経験・観察情報・取得済み現地情報を統合】
【行動案/改善案/必要条件/危険要素を候補表示】
「……これ」
シンジは昨日のぬくみ石を思い出した。
「ぬくみ石の運搬を楽にしたい」
【事象推測を開始】
表示が一気に増えた。
【目的:ぬくみ石運搬の省力化】
【現状:人力による抱え運搬】
【既知問題:重量/高温/落下時破損/往復回数】
【改善候補:車輪付き籠】
【改善候補:固定滑車+吊り籠】
【改善候補:往路・復路を分けた循環運搬】
【必要条件:耐熱籠/縄/車輪または滑車/固定場所/運搬路】
【追加確認:籠の耐荷重/石の破損条件/床面状態/交換頻度】
「…………」
シンジは黙った。
昨日、自分が思いついたのは、籠、車輪、滑車、そこまでだった。
今は、その案を実際に使うため、次に確認しなければならない条件まで出ている。
「じゃあ、籠に積めるだけ積んだ方が効率いい?」
【判定不能】
【積載増加により運搬抵抗・制動負荷・破損時損失も増加】
【最適積載量:情報不足】
【追加情報取得後、再推測可能】
「……なるほど」
未来を見ているわけではない。
正解を知っているわけでもない。
材料の強さを知らなければ、それ以上は進まない。
けれど。
今ある情報から問題を分解し、候補を出し、足りない条件まで教えてくれる。
「これ、一人で考えるより相当速いな」
【肯定】
「知らないことは?」
【推測不能】
「現地の情報が足りなかったら?」
【判定精度低下】
「未来は?」
【予知不能】
「でも、情報を集めれば精度が上がる?」
【肯定】
シンジはゆっくり笑った。
「いいじゃん」
剣を振れば敵が真っ二つになるわけではない。
巨大な魔法が撃てるわけでもない。
だが、使い方次第ではかなり面白い。
「めちゃくちゃ俺向きだ」
【肯定】
「やっぱりそこは肯定するんだな」
◇
シンジは三つのスキル表示を眺めていた。
物品情報。
体調管理。
事象推測。
「……しかし」
【?】
「お前、さっきから普通に返事するよな」
【肯定】
「今までも返事はしてたけど、なんかちょっと会話っぽくなってきたし」
【対話補助:拡張中】
「やっぱりか」
そうなると、いつまでも「お前」というのも妙な気がしてきた。
「名前……あった方がいいのかな」
【名称:未登録】
「ないんだ」
【未登録】
「じゃあ、何か付けるか」
シンジは腕を組もうとして……丸い手では無理なので諦めた。
「キャサリン?」
少し考える。
「アニータ?」
もう一つ。
「エリザベス……」
そして、何もない空間へ向かって、少し格好をつけてみる。
「ヘイ、キャサリン。ステータス表示してくれ!」
【表示可能】
「…………」
静かな部屋。
一人、何もない空間に向かって女性の名前を呼んでいる五十二歳。
「……さむっ!」
自分で言っておいて鳥肌が立った。
「駄目だ。完全に痛い人だ」
【名称候補:キャサリン】
「登録するな!」
【未登録】
「人の名前は無し!」
【了解】
「うーん……」
シンジは目の前に浮いている半透明の表示を見る。
「ステータス……表示……表示板……」
板。
「板は無骨すぎるな」
もう一度見る。
「ステータス……ボード……」
口に出したところで止まった。
「……あ」
【?】
「ボード」
短い。
けれど、呼びやすい。
「ボードはどうだ?」
少し間があった。
【名称候補:ボード】
【登録しますか?】
「そんな機能あったの!?」
【登録可能】
「先に言えよ!」
【名称の指定がありませんでした】
「確かに!」
ぐうの音も出ない。
「じゃあ、登録」
【呼称:ボード】
【登録しました】
表示が一度だけ淡く揺れた。
「……よし」
シンジは少し笑う。
「よろしく、ボード」
【了解】
【対話補助:拡張】
「名前付けただけで、そこも広がるの?」
【呼称確定により対話参照を最適化】
「へえ」
何となく、ただの表示だったものが一歩だけ近くなった気がした。
もちろん、こいつが何なのかは分からない。
感情があるのか。
誰かが作ったのか。
なぜ自分にだけ見えているのか。
それすら分からない。
「まあ、正体はそのうち分かればいいか」
【正体:不明】
「お前も知らないの?」
【不明】
「そこは知らないんだ……」
不思議な相棒ができた。
というほど大げさなものかは、まだ分からない。
だが。
「お前より、ボードの方が呼びやすいな」
【肯定】
「じゃあ決まり」
◇
【追加記録があります】
「何?」
【称号情報を更新】
「……嫌な予感しかしない」
【履歴書をスキルに変えた者】
「そのまんま!」
【荷馬車の横を走った者】
「まあ、それはやった」
【初めての銅貨を鳴らした口だけ支援者】
「口だけって言うな! 企画支援だ!」
【湯場で詰んだ男】
「……消せ」
【削除機能はありません】
「消せ!」
【削除機能はありません】
「二回言うな! マジで称号担当、出てこいや!」
【称号担当不明:呼び出し不可】
「くっ……もう少しまともな称号で評価してくれ……」
近くで寝ていたアースが片目を開けた。
「朝から誰と話している」
「この世界の評価担当」
「そうか」
アースはそれだけ言って、また目を閉じた。
「慣れるの早いな、お前」
シンジは小さく息を吐いた。
派手な変化ではない。
けれど、昨日の自分より、今日の自分は少しだけこの世界に馴染んでいる。
ステータスというものが、ただの遊びではなくなった気がした。
そして。
【帰路未定の実務屋】
「…………」
そこだけ、少し笑えなかった。
帰る方法は、まだ何ひとつ分かっていない。
使える力が増えた。
会話もできるようになった。
この世界で生き延びる手段は、少しずつ増えている。
でも、一番欲しい答えだけは、まだ見つからない。
「……まあ」
シンジは息を吐いた。
「帰るまで、生きるしかないか」
【肯定】
「そうだよな」
短い返事だった。
◇
宿の外から、朝の声が聞こえ始めた。
「出るぞ! 荷を急げ!」
「パンはまだか!」
「縄が一本足りない!」
ローデンの馬車溜まりが動き出している。
シンジは寝床から立ち上がった。
まだ筋肉痛はある。だが、昨日とは違う。
自分の身体の状態が分かる。
物を見れば、状態や使い道を整理できる。
問題が起きれば、条件と危険を並べて考えられる。
そして白く丸い両手には、セレーナが作ってくれた不格好な布の手袋。
「さて」
【?】
「行くか、ボード」
【了解】
シンジは少し笑った。
「……やっぱ名前ある方がいいな」
宿の扉を開ける。
ローデンの朝はもう始まっていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
真司の異世界生活は、ボードと共に、まだまだ手探りです。
少しでも続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。




