第20話 履歴書がスキルになった朝
【前書き】
いつもお読みいただきありがとうございます。
これは異世界テンプレに裏切られたおっさんの物語です。
翌朝。
シンジは宿の一角に用意された簡易寝床で目を覚ました。
「…………」
天井を見上げたまま、昨日一日を思い返す。
朝から荷馬車の横を走り続け、ローデンへ着いてから商売を手伝って、
余計な一言から女将に詰められ、最後はアースに芋と同じ基準で洗われた。
「おっさん酷使し過ぎだろおい!」
昨日の時点では、本気でそう思っていた。
五十二歳の身体そのものではないとはいえ、あれだけ走ったのだ。朝になれば全身が悲鳴を上げているはずだった。
覚悟を決めて身体を起こす。
「……あれ?」
痛い。
ちゃんと痛い。太腿は重いし、ふくらはぎも張っている。
だが、予想していたほどではない。
寝床から立ち上がり、恐る恐る腰を伸ばす。
「うっ……でも、動けるな」
昨日の疲れ方を考えれば、もっとひどい筋肉痛でもおかしくない。
「若い身体ってすげえ……?」
【否定】
「違うの?」
目の前に半透明の文字が浮かんだ。
【初回現地適応評価:完了】
「初回?」
【転移時に実施された外装再構成の残留効果を確認】
【現地適応処理と併せ、蓄積した身体負荷の一部を軽減】
「…………」
シンジはしばらく表示を見る。
「つまり、こっちへ来た時に身体を作り直した影響が、まだ少し残ってた?」
【概ね肯定】
「じゃあ昨日くらい走っても、寝れば何とかなる?」
【否定】
返事が異様に早かった。
【同等の回復補正は保証されません】
【推奨:同様の過負荷を繰り返さないでください】
「そっかぁ……」
一度限りの初心者救済らしい。
「異世界のチュートリアルにしては内容が厳しくない?」
黒沼へ手を突っ込み、魔獣に追われ、両手を封止され、
最後は荷馬車の横を走った。
「初心者にやらせる内容じゃねえだろ」
【異議の受付機能はありません】
「そこは実装しようよ」
◇
【初回現地適応評価を表示しますか?】
「見る」
シンジの前へ、新しい表示が開いた。
【堺井真司】
【年齢:52】
【肉体年齢:推定40歳前後】
【現地適応段階:0 → 1】
【身体:C → C+】
【魔力:E】
【戦闘:E】
【精神:B → B+】
【適応:A】
「おお。身体、上がってるじゃん」
改めてそこを見る。
【身体:C → C+】
「……プラス一個!」
上がってはいる。
間違いなく上がってはいるのだが、荷馬車の横を一日走って、CがC+。
「まあ、急に筋肉モリモリになる方がおかしいか」
次に精神。
【精神:B → B+】
知らない森で目を覚ました。
黒沼に触れ、言葉も通じず、隔離され、帰る方法も分からない。
それでも何とかここまで来た。
「これは……まあ、上がってもいい気がする」
そして。
【魔力:E】
【戦闘:E】
「そこは一切変わらないのね」
【変化なし】
「異世界へ来て、魔力E。戦闘E」
【事実です】
「夢がない!」
荷馬車の横を走ったところで剣術は身につかない。
風呂場で芋のように洗われても、魔力は増えなかった。
残念ながら当然である。
そして最後。
【適応:A】
ここだけは最初から変わっていない。
「結局、俺の取り柄はこれか」
シンジは少し笑った。
五十二年間、働いてきた。
成功するために何が必要か。何を事前に用意しなければならないか。
工程を組み、実行した時に起こりそうな問題を先に潰し、その対策を用意する。
失敗してから慌てるのではない。
成功するべくして、成功させる。
「異世界へ来ても、やってること変わらんな」
【肯定】
「そこは少しくらい違う評価が欲しかった」
◇
表示はまだ終わっていなかった。
【既存資質の再編成を確認】
「再編成?」
【所有者の経験資質、および転移後の行動記録を再評価】
【複数資質を統合】
【新規スキルを形成しました】
「……スキル?」
眠気が飛んだ。
「待て」
【待機】
「ついに来た? 来ちゃった?」
異世界。
ステータス。
そしてスキル。
ようやく、それらしい単語が出てきた。
「俺にもついに異世界スキルが!」
【新規スキル】
【物品情報・初級】
【体調管理・初級】
【事象推測・初級】
「…………」
三つ。
「地味な名前だな……」
【評価基準が不明です】
「もっとこう、剣聖とか超魔法とか」
【該当する経験・資質を確認できません】
「履歴書基準かよ!」
【概ね肯定】
「やっぱり履歴書じゃねえか!」
だが、詳しい内容を開いてみると少し印象が変わった。
◇
【物品情報・初級】
【物品の基本性能・用途・状態・損耗・危険性・代替用途等を表示】
【所有者知識/観察情報/取得済み現地情報を参照】
「……これ、鑑定っぽくない?」
【類似】
「おお!」
シンジは近くに置いてある木製の腰掛けへ目を向けた。
意識した途端、表示が重なる。
【対象:木製腰掛け】
【用途:着座】
【状態:使用可能】
【損耗:脚部接合部に摩耗】
【危険性:低】
【補足:高所作業用足場としての使用は非推奨】
「出た!」
思わず腰掛けへ近づいた。
「見ただけで、そこまで分かるの?」
【視認情報および既取得情報から判定】
「木の種類は?」
【不明】
「作った人は?」
【不明】
「いくらで売れる?」
【現地価格情報不足】
「秘密の特殊効果とか」
【確認不能】
「……何でも分かるわけじゃないか」
【肯定】
万能鑑定ではない。
知らないものを勝手に知るわけでもない。
だが、目の前の物について、自分の知識や観察した情報を使い、
状態や危険まで整理してくれる。
「これ、道具とか設備を見る時は相当便利だな」
【肯定】
「……地味とか言って悪かった」
【記録しました】
「そこは記録しなくていい」
◇
次は。
【体調管理・初級】
【所有者の身体状態を常時監視】
【対象:疲労/体温/筋肉負荷/損傷リスク等】
【現在の身体能力範囲内で、回復および負荷軽減を補助】
「監視だけじゃないの?」
【補助機能あり】
表示が変わった。
【下肢筋群:疲労残存】
【腰部:軽度負荷】
【推奨:水分補給/呼吸調整/軽度伸展】
【回復補助:実行中】
「実行中?」
呼吸の取り方。
脚を伸ばす角度。
腰へ負担をかけにくい姿勢。
薄い補助表示が、自分の身体へ重なるように浮かぶ。
「おお……」
表示に合わせて脚を伸ばすと、張っていた部分が少し楽になった。
「これ、普通にすごくない?」
【現在の身体能力を超える効果はありません】
【重傷の即時治癒/欠損再生/疲労の完全除去:不可能】
【他者への適用:不可】
「でも、自分の身体を壊しにくくできる?」
【概ね肯定】
「怪我した時も?」
【所有者自身の回復可能範囲において治癒過程を補助】
「おお!」
傷が一瞬で消えるわけではない。
折れた骨が、その場で元に戻るわけでもない。
それでも、自分の身体が持つ回復力を補助し、無茶をすれば警告する。
「昨日これがあったら、もう少し楽だったんじゃない?」
【昨日までの行動記録を基礎として形成されました】
「昨日頑張ったから今日生えたのか!」
【肯定】
「経験値方式!」
急に異世界らしくなってきた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
やっと異世界スキルを手に入れた真司の異世界生活は、まだまだ手探りです。
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