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異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第一章 ~転移~

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第19話 湯場で詰んだ男

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。

異世界テンプレに裏切られたおっさんの物語スタートです。



 湯場の前で、セレーナから改めて注意を受けた。


「封止している手は、絶対に湯へ入れないでください」

「はい」

「濡らすのも避けてください。シンジが使う布と桶は別です。ぬくみ石も分けてもらっています」


「そこまで?」

「念のためです。もし汚染が確認されたら、使用した物は処分します」

「……俺専用風呂セット、豪華だと思ったらコスト高いやつだった」

「なので、触らないでください」

「はい……」


 返事だけは素直だった。

 服を脱ぎ、白く丸い両手を高く上げたまま、そろそろと湯へ入る。


「…………」


 両手を上げたまま湯に浸かる男。

 何かに負けて、降参したようなポーズ。


「何だ、この敗北感……」


 身体は温まった。

 問題は洗う方だ。

 布は持てない。


 しばらく考えた末、シンジは壁へ布を広げて掛け、その前へ背中を向けた。


「こうすれば……」


 ごし。

 ごし。


「お、いける」

「何してる」

「うわっ!」


 振り返る。

 アースが立っていた。


「驚かせんなよ!」

「熊の真似か?」

「いや、こうやって、背中洗ってる」


 アースは、壁へ背中を擦りつけているシンジを無言で見た。


「熊にしか見えん」

「異世界来て熊扱い……俺の人としての尊厳どこいった!?」


「座れ」

「いや、自分でできる」


「できてない」

「今からできる予定だった」


「洗ってやる」

「何で?」

「女将に言われた」

「ちょっと待て」


「座れ」

「だから話を――」


 問答無用で低い椅子へ座らされた。

 アースが別に用意された布を湯へ浸し、固く絞る。


 そして。


 ごしっ。


「いだあああっ!」


 ごしごしごしっ。


「痛い痛い痛い! 皮が! 皮が剥げる!」

「動くな」

「ちょっと待て! 何を基準に洗ってる!?」


 アースは手を止めずに答えた。


「小さい頃、汚れ落としが上手いと褒められた芋洗いだ」

「ちょっと待て! あれは薄皮まで落とす洗い方だ!」

「大丈夫だ。人間はそこまで弱くない」

「そもそも芋洗いと同じやり方が間違ってる!」


 ごしごしごし。


「痛だだだだっ! 汚れと一緒に皮まで落ちるって!」

「落ちない」

「なんで言い切れるんだよ!」


「兄貴を助けた礼だ。念入りに洗ってやる」

「礼の形が荒すぎる!」


 湯場の向こうから。


「あははははっ!」


 ルカの笑い声が響いた。


「ルカ! 聞こえてるぞ!」

「だって! 芋洗いって! あはははっ!」


「俺は芋じゃねえ!」

「芋はもっと静かだ」


「お前は芋の何を知ってるんだ!」


「あははははっ!」

「ルカさん、そんなに笑ったらシンジに失礼ですよ」


 セレーナの声が聞こえる。


「セレーナ! そうだ! もっと言ってやって!」


 ごしっ。


「いだだだだっ! そこ昨日まで俺の皮膚だったところ!」


「……ふっ」

「セレーナ?」

「す、すみません……」

「今、笑った?」

「笑っていません」

「声が震えてるぞ!」


「ふふっ……」


「笑ってるじゃん!」

「ご、ごめんなさい。でも……芋洗いは……ふふふっ」

「謝りながら笑うの何回目だよ!」


 今度は二人分の笑い声が聞こえてきた。


「五十二年生きてきて、異世界で男に芋みたいに洗われて、女二人に爆笑されるとは思わなかった……」


【清潔状態:改善傾向】

「清潔より尊厳が悪化してるわ!」


 アースが布を絞り直す。


「頭」

「え?」


 ざばあっ!


「ぶはっ!」

「口を開けるな」


「かける前に言ってくれ!」

「芋らしく黙ってろ」


「今、芋って言った!? やっぱ芋扱いしてるんじゃねえか!」


 外から、また爆笑が聞こえた。


「……詰んだ」


 シンジは悟った。

 この湯場に、自分の尊厳を救う手段は存在しない。


          ◇


 湯浴みが終わると、セレーナが両手の状態を確認した。

 封止そのものには触れず、汚れた外側の布だけを外して、清潔な布へ交換していく。


「手はまだ安全になったわけではありません。領都で正式な処置を受けるまでは、このままです」


「了解」


 新しい布で包まれた両手はやっぱり丸かった。


「身体はさっぱりしたのに、手だけ相変わらずだな」

「仕方ありません」

「まあ、土と汗まみれじゃなくなっただけでも人間らしさ回復だ」


 その少しあと、湯上がりのシンジが髪を乾かしていると、

 セレーナが何度かこちらを見ていることに気づいた。


「どうした?」

「いえ、その……」


 さっきまで笑っていたのに、今度は妙に落ち着かない。

 セレーナは荷物から、二つの丸い布袋を取り出した。


「シンジ、あの……」

「ん?」


「これを……」

「これは?」

「そのままだと手が汚れたり、目立つので……作りました」


 セレーナは自信なさそうに布袋を見る。


「あまり出来栄えはよくないのですが、ないよりはましというか……保護というか、その……」


 丸い布を縫い合わせ、入口へ紐を通しただけの簡単な物だった。

 縫い目は揃っていない。

 左右の大きさも少し違う。

 手袋と呼ぶには、かなり無理がある。


 でも、慣れない手で、一生懸命作ったことだけは分かった。


「おお! これはありがたいよ!」

「え?」


 シンジの顔がぱっと明るくなる。


「このままの手だと色々不便だし、目立ってたから。本当に助かる!」

「……そうですか?」


「これ、セレーナが作ったの?」

「はい。あまり裁縫は得意ではないので、こんな出来で申し訳――」

「マジか! 異世界初のご褒美イベントきたあああ!」


「シ、シンジ!?」


「レアアイテムゲット! セレーナからのお手製プレゼント! これは最高のご褒美だ!」


「そ、そんな、大げさな……」

「大げさじゃないって」


 シンジは不揃いな縫い目を見る。


「セレーナが苦手な裁縫を頑張って、俺のために作ってくれたんだろ?」

「……はい」


「だったら世界で一つだけじゃん。どんな高い手袋より、俺には価値があるよ」

「シンジ……」

「ありがとう、セレーナ」

「……はい」


 セレーナの顔に、嬉しそうな笑みが浮かんだ。


 シンジも両手を上げる。


「じゃあ早速……」


 止まった。


「……あ」


「どうしました?」

「自分で付けられない……」


 一瞬の沈黙。


 セレーナが吹き出した。


「うふふ。 手を出してください。私が付けますから」

「面目ねえ。 至れり尽くせりだなあ」

「本当に大げさですね」


 白く丸い手へ布袋を被せ、手首側の紐を結ぶ。


 右。

 左。


「できました」

「おお……」


 シンジは両手を上げて眺めた。


 丸い。

 とても丸い。

 不格好なのに、妙に愛嬌がある。


「…………」


 脳裏に。

 未来方面から、自称猫だと言い張る、青い何かが頭をよぎった。


「ぼく、どら――」


【危険ワード検知】

【発言禁止】

【各方面への配慮を推奨】


「…………」


「シンジ?」

「今、俺の中の何かが全力で止めに来た」

「何を言おうとしたんですか?」

「言えない」

「?」


 セレーナが不思議そうに首を傾げる。

 横からルカが、新しい手袋を覗き込んだ。


「ちょっと左右違うね」

「ル、ルカさん!」

「でも、いいじゃん」


 ルカが笑う。


「シンジ、すっごく嬉しそうだし」

「めちゃくちゃ嬉しいよ」


 シンジはもう一度、布に包まれた両手を見る。


 便利だから嬉しい。

 それだけではない。

 これは、誰かが自分のために作ってくれた物。


「大事にするよ」


 シンジがそう言うと、セレーナは少しだけ目を丸くして。


「はい」


 嬉しそうに笑った。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


風呂で詰んだ真司の異世界生活は、まだまだ手探りです。

少しでも続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


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