第19話 売り物は、分けると難しくなる
【前書き】
いつもお読みいただきありがとうございます。
異世界テンプレに裏切られたおっさんの物語スタートです。
真司の両手は使えない。
だから、袋を結ぶことはできない。
ルカが布を広げる。
若い護衛が紐を切る。
セレーナが薬草と小瓶を選別する。
バルトが馬車の応急処置の合間に、荷の乗せ方と配置を短く説明する。
真司は、口で指示するだけだった。
それが歯がゆい。
だが、見ているだけではなかった。
「それは一緒。薬草と巻き布。紐も少し入れる」
「この薬草も?」
「それはセレーナ確認」
「こちらは傷薬。こちらは煎じて飲むものです。分けておきましょう」
「じゃあ、別」
ルカが布の上に薬草を置き直す。
若い護衛が無言で次々置いていく。
火打石。
火口包み。
蝋芯。
油入り小瓶。
小さなものが、布の上に集まっていく。
「これは夜の備え」
真司が言うと、ルカが繰り返した。
「夜の備え」
「名前は後で決めるが、今は中身を分けて袋詰めにしていこう」
「後で名前?」
「そうだ。まずは分けてしまおう」
針。
糸。
革紐。
簡易留め具。
大判布。
「これは修繕」
ルカの手が少し速くなる。
荷物が、ただの荷物ではなくなっていく。
火のもの。
直すもの。
怪我に備えるもの。
出立前にまとめておきたいもの。
まだ商品名はない。
売り文句もない。
値札もない。
だが、ばらばらの小物だったものが、少しずつ意味のあるまとまりへ変わっていく。
真司はそれを見ていた。
手掛けた企画の骨組みが見え始める瞬間に似ていた。
まだ完成ではない。
けれど、形になる予感がある。
「難しい」
ルカが小さく言った。
「売り物は、こうして手間をかけると、客は楽になる」
ルカの手が止まった。
「客は楽」
「そう。探さなくていい。考えなくていい。すぐ分かる」
真司は諭すように言葉を続けた。
「そして、それが価値になる」
「価値……」
ルカは布の上に置かれた針と糸を見た。
さっきまで荷だったものを、違う目で見ている。
真司は、その顔を見て少しだけ嬉しくなった。
教えるというほど偉そうなことではない。
ただ、知っている見方を渡しただけだ。
それでも、何かが伝わった。
◇
日が傾くころには、馬車の応急処置も一段落していた。
添え木は増えた。
縄は巻き直された。
荷台の底板も押さえられた。
もちろん、本修理ではない。
ローデンまで持たせるための処置だ。
小袋も、いくつかできていた。
完全な商品ではない。
だが、ローデンに着いてからすぐ出せるよう、取り出しやすい場所にまとめられている。
その夜も、門は開かなかった。
だが、門の向こうから届く明かりを見ながら、真司は昨日とは少し違う気持ちで座っていた。
言葉は通じるようになった。
名前も分かった。
行き先も決まった。
ガレンはまだ危ない。
真司の手も、まだ安全ではない。
馬車も、次の宿場町まで持つか分からない。
それでも、何も分からず灰線の内側に座っていた昨日よりは、少しだけ前へ進んでいる。
ルカは小袋のそばで、猫のように丸まって眠っていた。
若い護衛はガレンのそばで目を閉じている。
眠っているのか、眠れていないのか分からない。
セレーナは最後まで記録を取っていた。
バルトは馬のそばで、車輪を一度だけ見てから腰を下ろした。
真司は自分の両手を見た。
白い布に包まれた、使えない手。
それでも今日は、口だけで少し手伝えた。
その程度のことが、妙にありがたかった。
【休息推奨】
「分かってる」
【翌朝の移動負荷:高】
「それも分かってる」
【推奨:本当に休息】
「……お前が二回言う時は、だいたい嫌な予感しかしないな」
ボードは答えなかった。
真司はため息をつき、リーヴェの門の向こうの明かりを見た。
明日の朝、ローデンへ出る。
まずは、そこまで。
帰る方法を探すための道は、まだ始まったばかりだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
真司の異世界生活は、まだまだ手探りです。
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