第18話 軒先の居眠り
【前書き】
いつもお読みいただきありがとうございます。
これは異世界テンプレに裏切られたおっさんの物語です。
女性陣が湯場へ入っている間、シンジは宿の裏手に置かれた長椅子へ座っていた。
食事を終え、腹も満たされたせいか、身体の疲れが一気に表へ出てきた。
「風呂入ったら、そのまま寝そうだな……」
【推奨:休息】
「分かってるって」
ぼそりと返したところで、宿の若い働き手が目の前を横切った。
両腕に抱えているのは、大きな黒っぽい石だった。
布で包んではいるものの、男は熱そうに顔をしかめながら湯場へ運んでいく。
「……何だ、あれ」
少しすると、今度は別の男が湯場から似た石を抱えて戻ってきた。
こちらは火の焚かれた場所へ向かう。
「交換してる? なんだろう?あの石……」
「あれは、ぬくみ石だよ」
横から女将が答えた。
「ぬくみ石?」
「火のそばで温めると熱を溜めるんだ。湯桶へ沈めておけば水が温まる。冷めてきたら引き上げて、またこっちへ持ってくる」
「へえ……」
薪だけで大量の湯を沸かすより楽らしい。
沸騰するほどではないが、人が入れる程度までなら十分に温められるという。
魔法ではなく、火のそばへ置いておくだけで熱を蓄える特殊な鉱石。
「便利なファンタジーアイテムだなあ」
「何だい、そのふぁんたじいってのは」
「こっちの話です」
かなり便利なのだが。
「重そうだ」
「重いよ」
女将が即答した。
ちょうど若い男が二人、湯場から石を運んでくる。
顔を真っ赤にし、両腕にもかなり力が入っていた。
「しかも、普通の石より脆いから運搬時は特に注意さね」
「脆い?丈夫そうな石に見えるけどなあ」
「だから抱えて運ぶのさ。人手はかかるが、ああやって交代で運ばせてる」
シンジは火元を見る。次に湯場。その間を何度も往復する男たちを見る。
温める。運ぶ。沈める。冷める。引き上げる。また運ぶ。
【所有者知識を参照】
【重量物の移動】
【候補:籠/車輪/滑車】
「そうだな……単純に往復するだけなら、石を運ぶ工程を安定させればいい」
「安定?どうやって?」
シンジは周囲を見回した。宿には荷を運ぶための丈夫な籠があり、馬車溜まりには縄も車輪もある。
「まず、石を一個ずつ抱えて運ばなくていいようにする」
女将の眉が動いた。
「……続けな」
「丈夫な籠に何個かまとめて入れる。石を直接抱えないで、籠ごと動かすんだ」
「そんなもん重くて持てないよ」
「持たない」
「は?」
「上に滑車をつけて縄で引くか、下に車輪をつける。湯場と火元の間だけなら、道を決めて往復させればいい」
シンジは火元から湯場までを指でなぞった。
「籠を三つか四つ用意して、熱い組を湯場へ。冷めた組を火元へ戻す。その間に次を温める。一人が石を抱えて何往復もするより楽だろ?」
「…………」
女将は火元、湯場、石を運ぶ働き手を順番に見てから腕を組んだ。
「……あんた」
「ん?」
「風呂の湯気より金の湯気が出てるじゃないか」
「別に商売っ気を出してるつもりはないんだが……」
「ふん。無自覚でそれかい?私以上に仕事の虫だね」
「無自覚……今まで散々言われてきた気がする……」
「仕事のそれが無自覚なら、大したもんさ。ただ……どうやら他の無自覚もありそうだねえ」
「さすがにこの歳になれば自覚はしてる……だけど無意識にやっちまう」
シンジは自嘲気味に苦笑いをして返す。
「あっはっはっ! 歳を重ねると色んなもんが染みついちまうからね」
「まあ、それもあんたの良いところってことで、上手に付き合っていきな!」
そう言いながら、女将はもう一度、湯場への道を見る。
「籠か……」
「何となく思いついただけだから、気にしないでくれ」
「よし、明日の朝、もう一度聞く! まずは風呂入って休みな」
「仕事になった!?」
「自分で種を撒いたんだろ!」
「俺、休息コマンドどこに落としてきたんだろう……」
【未実装です】
「お前は黙ってろ」
◇
「ちょっと外の風に当たってくる」
女将と別れ、シンジは宿の表へ回った。
修理を終えた荷馬車が、軒先へ戻されていた。壊れた部分には新しい添え木が入り、縄も巻き直されている。
バルトが車輪の具合を見ていた。
「終わった?」
「ああ。領都までは持たせる」
「そういや、御者次第って言ってたなあ」
「無茶をしなければ大丈夫だ。任せろ」
「俺たち、ここまで無茶しかしてない気がするけど」
「それは否定できんな」
バルトが笑った。
荷台ではガレンが横になって眠っている。
その脇にはアースが座っていた。
「兄貴は寝てる」
「そっか」
シンジは起こさないよう声を落とした。
軒下は、宿の中より少し涼しかった。
馬車の横へ腰を下ろし、柱へ背中を預ける。
「風、気持ちいいな」
【休息推奨】
「だから、分かってるって……」
白く丸く封止された両手を膝の上へ置く。
ほんの少し。
風に当たるだけのつもりだった。
「…………」
数分もしないうちに、シンジの返事はなくなった。
アースが横を見る。
目を閉じている。
「寝たな」
バルトも振り返った。
「朝から走りっぱなしだったからな」
「寝るなら中へ行けばいいのに」
「起こすか?」
アースは少し考え。
「……放っとけ」
そのままガレンの横へ戻った。
◇
やがて、女性陣の湯浴みが終わった。
宿の女中が男たちへ交代を知らせに行き、アースとバルトが湯場へ向かう。
ところが。
「あれ?」
ルカは濡れた髪を布で拭きながら、風呂へ向かうアースたちを見つけた。
「シンジは?」
「そういえば、お風呂交代の時間でしたね」
セレーナも辺りを見る。
宿の者へ尋ねると、男は外を指した。
「あの白い手の兄ちゃんかい? 馬車のところで寝ちまってるよ。声かけたけど起きなくてね」
「寝てる?」
ルカとセレーナは顔を見合わせた。
二人で宿の表へ回る。
軒先の馬車。
その横で、シンジは座ったまま眠っていた。
背を柱へ預け、疲れ切った顔で目を閉じている。
そして。
白く丸い両手を、膝の上へちょこんと置いていた。
「……ほんとに寝てる」
ルカが声を潜めた。
セレーナは何も言わず、しばらくその姿を見ていた。
朝から馬車の横を走り。
荷を売る方法を考え。
ローデンへ着いてからも動き続けた。
ついさっきまで、女将さんと何やら話をしていたようだったが、
疲れ果てて、とうとう眠ってしまったのだろう。
「……あの手」
ルカが小さく笑う。
「こうして膝に乗せてると、ちょっとかわいいね」
「…………」
セレーナも丸い両手を見る。
不器用で、どこか頼りなくて。
この世界では、まだ一人で水を飲むことさえ難しい。
それでも、懸命に生きようとしている人の手だった。
「起こす?」
ルカが聞いた。
セレーナは首を横に振る。
「アースさんとバルトさんに、先に入ってもらいましょう」
「うん」
少しでも長く眠らせてあげたい。
セレーナはシンジの疲れ果てた寝顔を見て、
身体と心の疲れが少しでも癒されますようにと、心から願った。
◇
アースとバルトが湯浴みを終えて戻ってきても、シンジはまだ同じ姿勢で眠っていた。
「シンジ」
セレーナが肩へ手を置く。
「……ん」
「シンジ、起きてください」
「…………セレーナ?」
ゆっくり目を開ける。
「お風呂の順番ですよ」
「ああ……」
まだ半分寝ぼけながら顔を上げた。
目の前には、湯上がりのルカとセレーナが並んでいる。
ルカは濡れた髪を下ろし、宿から借りた簡素な服。
セレーナも外套や腰の道具を外し、まだ少し湿った髪を片側へ流していた。
まだ眠気が残る瞼を何度か瞬きをした。
「……おっ」
「何?」
ルカが首を傾げる。
「ちゃんと女の子だな」
「ちゃんとって何!?」
「いや、最初は、身なりも商人というか、色々大変な状況で身なりも整ってなかったろ?」
「うっ……でも、女の子だもん!」
「うん。今のルカなら出会っても男の子だって思わなかったさ」
ルカは頬を膨らませる。
そして、シンジの膝へ目を落とした。
「それにしても、その手。寝てる時ちょっとかわいかったよ」
「……この手でかわいいって言われても、どう反応すればいいんだ」
シンジが困ったような顔で両手を交互に見る。
「ほら、やっぱりかわいい」
「よし! 手が治っても、寝る時はこの手にしよう」
ルカが笑った。
ふと、シンジがセレーナを見る。
「濡れた髪、片方へ流してると、普段と雰囲気かなり違うな。すごく絵になる」
「…………」
セレーナが固まる。
「……な、なにを言って――」
「綺麗だなって」
「…………」
「……はい!?」
セレーナの顔が赤くなり、オロオロしだす。
ルカがにやりとした。
「シンジ寝ぼけてる?」
「ん? まあ、眠いのは確かだ」
「……無意識でそれなの?」
呆れてるルカが、思い出したようにまた頬を膨らませた。
「ずるい!」
「な、何がだ?」
「私は『ちゃんと女の子』だったのに」
「いや、女の子だろ?」
「でも、セレーナさんには綺麗って!」
「誰が?」
「シンジが!」
「俺が!?」
「やっぱり寝ぼけてる! お風呂に入る前に水かぶった方がいいの!」
「乱暴だなおい!」
そのやり取りを見ていた、セレーナが吹き出した。
「ふふっ」
「なんで俺、怒られてるんだ……」
「もう」
セレーナは笑いを収めながら、湯場を指した。
「他の人はお風呂に入りましたから、シンジも早く入ってください。お風呂、入りそびれますよ」
「それはいかん。お風呂楽しみにしてたのに!」
シンジが勢いよく立ち上がる。
「急げ!」
「転ばないように、注意してください!」
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