第17話 ローデンへ出る前に
【前書き】
いつもお読みいただきありがとうございます。
ルカの馬車からは、黒沼そのものの影響はすでに抜けているらしい。
村に着いてから、セレーナと村人たちが馬車の車輪や荷台を調べ、黒い跡の残った部分を拭い、灰色の粉と光る瓶で何度も確認していた。
黒沼は生命に強く反応する。
木や鉄を生き物のように食い荒らすものではない。
少なくとも、セレーナはそう説明した。
ただし、黒沼から引き抜かれた時の傷は別だった。
脱輪した車輪。
歪んだ車軸。
緩んだ縄。
きしむ荷台。
馬車は汚染された怪物ではなくなった。
だが、壊れかけの道具ではあった。
その日のうちに出る案も出た。
レグフォードへ行く。
そのためには、まずローデンへ行く。
ガレンの足元の札は、淡く光っている。
黒い筋は止まっているように見えるが、消えたわけではない。
急がなければならない。
真司にも、それは分かった。
だが、御者は首を横に振った。
「このまま急げば、ローデンの手前で車軸が折れる」
低い声だった。
「そうなれば、ガレンも荷も終わりだ」
セレーナも反対しなかった。
急がなければならない。
だが、急ぎ方を間違えれば、そこで終わる。
結局、一行はもう一晩、リーヴェの門外で過ごすことになった。
その間に、馬車には添え木が増やされ、縄が巻き直され、荷台の底板も一部押さえ直されることになった。
本修理ではない。
ローデンまで持たせるための応急処置だった。
ローデンへ行く。
たったそれだけのことが、今の真司たちには、丸一日ぶんの準備を必要とする仕事になっていた。
焦っても進めない。
焦らなければ間に合わない。
その矛盾を抱えたまま、真司はリーヴェの門の外で、もう一度日が傾いていくのを見ることになった。
◇
時間ができた。
余裕ができたわけではない。
門の外で、灰線の内側に留め置かれている。
ガレンは動かせない。
真司の両手も封止されたままだ。
村の門は、最後まで開かない。
それでも、何もできない時間ではなかった。
リーヴェの村人たちは、門を開けないまま、できる限りのものを渡してくれた。
水袋。
黒パン。
焼いた芋。
乾いた布。
縄。
木片。
灰の袋。
直接手渡しではない。
門の下の受け口や、長い棒を使った受け渡しだ。
怖いのだ。
怖いけれど、助けようとしている。
その線引きは、たぶん正しい。
正しいからこそ、少し苦い。
そして村人たちは、ルカの荷も少しずつ買ってくれた。
御者と若い護衛が、セレーナの確認を受けた品だけを灰線の外側へ置く。
村人がそれを選ぶ。
代金を置く。
受け取った品は、すぐに家へ持ち帰る。
商売というより、危険物置場で行われる物々しい受け渡しだった。
それでも、銅貨は少しずつルカの手元に落ちていった。
ちゃり、と小さな音がするたび、ルカの肩がわずかに揺れる。
売れている。
こんな状況でも、売れている。
ルカは嬉しそうにはしなかった。
ガレンが横で苦しんでいる。
馬車は壊れかけている。
自分たちは村へ入れない。
喜べる状況ではない。
銅貨を受け取る指が少し震えていた。
売り物が、金に変わる。
荷の重さが、少しずつ別の形になる。
勿論、荷が売れたことは嬉しい。
でも、素直に喜べない大きな理由があった。
そのことを考えると、心がどんどん沈んでいく。
ルカは、さっきバルトに言われたことを思い返し、深いため息をついた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
真司の異世界生活は、まだまだ序盤です。
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