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異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第一章 ~転移~

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第16話 帰るために知ること

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。

額を仄かに光らせるおっさんの冒険スタートです。



 真司はようやく身体を起こした。


 額がじんじんする。


 自分では見えないが、何かを刻まれた感覚だけはある。


「これ、どうなってる?」


 真司が聞くと、ルカが真司の額をじっと見た。


 眉間より少し上。

 髪の生え際よりは下。


 そこに、薄い紋のようなものが残っているらしい。


 ルカは少し身を乗り出し、真司の額を見つめた。

 それから、自分の額を指で示し、次に頭の中を探るような仕草をした。


「……目立つ」


「やっぱりか」


「でも、少し面白い」


「面白いって言うな。本人は痛かったんだぞ」


「すごく叫んでた」


「痛かったからな」


 ルカはもう一度、真司の額を見た。


 真剣な顔だった。


 からかっているというより、見たものをどう表現するか考えている顔だった。


 そして、ぽつりと言った。


「脳みその玄関に、何か」


 真司は一瞬、言葉を失った。


 うまい。


 いや、うまいのだが。


「誰がうまいこと言えって言った。そういう例えは、本人の心に刺さるからやめような」


 真司がそう言うと、ルカは少しだけ首を傾げた。


「刺さる?」


「今のは、額じゃなくて気持ちに刺さったって意味だ」


「痛い?」


「かなり痛い」


 ルカは真司の額を見て、それから真司の顔を見た。


 そして、こらえきれなかったように笑った。


 さっき地面で「ルカ、男」と言った時の気まずさが、少しだけほどけた気がした。


 真司はルカに向き直る。


「ルカ。さっきは悪かった」


 ルカの笑いが止まる。


 真司は続けた。


「男って言ったこと。俺が間違えた。ごめん」


 ルカは少しだけ頬を膨らませた。


「何度も言わなくていい」


「いや、ちゃんと謝りたかったんだ」


 ルカは枝の先で地面をつついた。


「シンジは、覚えるのは早い。でも、使うのが早すぎる」


 真司は返す言葉に詰まった。


 まったくその通りだった。


「ごもっともです」


「ごもっとも?」


「その通り、って意味だ」


 ルカは少し得意げに頷いた。


「私の言う通り」


「そこはすぐ覚えるんだな」


 軽い言葉の応酬だった。


 それでも、真司の胸は少しだけ楽になっていた。


 謝れた。


 言い訳ではなく、謝れた。


 昨日からずっと、真司は言葉のない場所にいた。


 感謝も謝罪も説明も、身振りと顔だけでどうにかするしかなかった。


 でも今は違う。


 言葉が届く。


 それは、便利というだけではなかった。


 取り戻したような感覚だった。


   ◇


 セレーナは、書き板へ何かを記してから、真司へ向き直った。


 先ほどまで肩を震わせていたことなどなかったように、もう静かな顔へ戻っている。


 切り替えが早い。


 それはそれで、少し腹が立つ。


「あなたは、どこから来ましたか」


 セレーナが尋ねた。


 真司は答えようとして、言葉に詰まった。


 日本。

 地球。


 そう言っても、たぶん通じない。


 いや、通じたとしても、分からない。


 仮界紋は、言葉を相手に届く形へ変えるらしい。

 だが、知らないものを知っていることにはしてくれない。


 日本という音が届いたところで、セレーナの中に日本地図が浮かぶわけではない。


 地球と言ったところで、同じ星を思い浮かべる保証もない。


 真司は、ゆっくり言葉を選んだ。


 仕事で何度もやってきたことだ。


 相手に伝わる言葉へ、複雑なものをほどいて置き換える。


 だが、今ほどそれが難しいと思ったことはなかった。


「俺のいた場所は、ここじゃない」


 真司は、ゆっくり言った。


「森でも、リーヴェでも、この国でもないと思う」


 セレーナの筆が止まる。


 ルカも顔を上げた。


 若い護衛、御者、門の内側にいた何人かの村人も、こちらを見ている。


 真司は続けた。


「家がある」


 言葉にした瞬間、胸の奥が少し熱くなった。


「妻がいる。子供もいる」


 言えた。


 ようやく、言えた。


 森で目覚めた時から、ずっと胸の中にあったもの。


 黒沼。

 リーヴェ。

 灰線。

 灯文鳥。

 仮界紋。


 知らないものばかりが積み重なっていく中で、ずっと沈んでいた言葉。


 妻。


 家族。


 家。


 それを、やっと他人に向かって言えた。


 真司の喉が少し熱くなる。


「俺は、家に帰りたい」


 ルカの表情が変わった。


 セレーナの筆も止まった。


 地面に描かれた家の絵とは違う。


 ただの単語ではない。


 真司の中にあるものが、少しだけ外へ出た。


「帰る方法を探したい。でも、何も分からない」


 真司は、包まれた両手を少しだけ見下ろした。


 黒沼に触れた手。


 封止された手。


 指輪の隠れた手。


「だから、まず知りたい。この世界のことを。黒沼のことを。俺がどうなっているのかを」


 セレーナは、しばらく真司を見ていた。


 水色の瞳は、冷たくはなかった。


 ただ、簡単に頷ける話でもないのだろう。


 異邦人。


 黒沼接触者。


 通常と違う反応を示す男。


 指輪周辺が解析不能の男。


 しかも、額に仮界紋を刻まれたばかりの、さっきまで珍妙な踊りをしていた中年。


 並べれば、信用しろという方が無理である。


 真司は自分でそう思って、少しだけ胃が重くなった。


 セレーナは静かに言った。


「そのためにも、レグフォードへ行く必要があります」


「レグフォード」


 真司がその名を繰り返すと、視界の左端にボードが浮かんだ。


【レグフォード:領都名として照合】

【関連:灯文鳥の推定送信先/上位治療・検分機関】


 領都。


 昨夜、あの紙の鳥が飛んでいった先を、真司は町か役所のような場所だろうと想像していた。


 今、その名前が初めて形を持った。


「そこに行けば、分かるのか」


「分かることが増えます」


「万能じゃないんだな」


「万能ではありません」


 セレーナの答えは早かった。


 真司は苦笑した。


 この世界でも、できないものはできないらしい。


 少しだけ安心した。


 もしここで、何でも分かります、全部解決します、神の奇跡です、などと言われていたら、逆に信用できなかったかもしれない。


 現実は、だいたいもっと面倒くさい。


 調べる。

 確認する。

 手続きをする。

 上に回す。

 専門の場所へ送る。


 聞き慣れた流れである。


 異世界に来てまで、結局それかという気持ちはある。


 あるが、逆に少し落ち着く。


「ガレンも、そこへ?」


「はい。黒沼の封止は、ここでは長く持ちません」


 ルカの表情が引き締まる。


 真司も、ガレンの方を見た。


 戸板の上の男は、まだ息をしている。


 だが、それだけだ。


 助かったわけではない。


 足の白札は淡く光っている。

 黒い筋は止まっているように見えるが、消えたわけではない。


 昨日、切断されかけたその足は、今も危険を抱えたままだ。


「移動は?」


「準備しています。馬車はそのままでは危険です。ですが、止まっていても危険です」


「どっちも危険か」


「はい」


 いい返事ではない。


 だが、分かりやすい。


 真司は額の熱を感じながら、息を吐いた。


 この世界に来てから、ずっと情報不足だった。


 ようやく言葉が届いたと思ったら、返ってきたのは、危険、検分、監視、レグフォード行き。


 夢のような展開とは程遠い。


 だが、現実はいつもそんなものだ。


 都合のいい答えより先に、面倒な手続きと悪い条件が並ぶ。


「分かった」


 真司は言った。


「まず、レグフォードへ行く」


 セレーナが頷く。


 ルカも頷いた。


 若い護衛は、まだ警戒を残した顔をしていたが、異論はないらしい。


 御者は馬車の方へ歩いていった。


 これからまた、壊れかけの馬車を見なければならないのだろう。


 真司は自分の額を見ようとして、当然見えないことに気づいた。


 額に意識を向けると、まだ熱い。


 内側に、薄い線が刻まれているような違和感がある。


「で、これ、ずっと額なのか?」


 真司が聞くと、セレーナは少しだけ間を置いた。


 その間が怖い。


「手が安全になり、正式な仮界籍処理を受ければ、手へ移せます。額の紋は消えます」


「移せるのか」


「はい」


「消えるのか」


「はい」


「よかった」


 真司は本気で息を吐いた。


「一生このままなら、家に帰る前に心が折れる」


「消えます」


「ならいい」


 よくはない。


 痛いし、目立つし、恥ずかしい。


 でも、消える。


 それだけで今は十分だった。


 真司は地面に描かれた家の絵を見た。


 ルカが描いた、四角い家。


 屋根があり、窓があり、煙突のようなものがある。


 真司の家ではない。


 妻のいる家でもない。


 それでも今は、この絵から始めるしかない。


 言葉が、届いた。


 なら、次は進む。


 真司は灰線の内側から、村の向こうの道を見た。


 リーヴェ。


 レグフォード。


 そして、まだ見えない帰り道。


 黒沼のことを知るために。


 自分がどうなっているのかを知るために。


 家に帰る方法を探すために。


 真司は額の熱を感じながら、もう一度、小さく息を吐いた。


 レグフォードへ。


 帰る方法を探すために。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。

闇を額で照らすおっさん真司。

次話もお付き合いいただければ嬉しいです。


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