↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第一章 ~転移~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/115

第16話 売れ残りの置き場所

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。




「売れた……!」


 ルカは掌の銅貨を見つめていた。

 一枚、二枚、三枚。

 何度見ても、ちゃんと三枚ある。


「売れたな」


 地面に座ったまま、シンジが笑う。


「ちゃんと三枚で」

「うん!」


 たった一袋。


 それでも、リーヴェを出る前には売れ残れば倉庫組合へ持ち込むことまで考えていた荷だ。


 それが今、自分で値段を伝え、値切られても譲らず、客に中身を説明し、自分の手で売れた。


「……売ったんだ」

「ああ」

「シンジのおかげで――」

「売ったのはルカだよ」


 ルカが顔を上げる。


「俺は袋の作り方と売り方を考えただけ。値段決めて、客と話して、最後に銅貨を受け取ったのはルカだろ?」


「…………」

「おめでとう」

「……うん!」


 ルカが銅貨を握った。

 その様子を見ていた女将が、ふっと笑う。


「初めてかい?」


「行商の手伝いや店番はしてました。でも、自分で考えて、自分で売ったっていうのは……」


「なら覚えておきな」

「え?」


「最初に自分で売った場所と、最初に買ってくれた客はね。商人なら、案外忘れないもんだよ」


 ルカは、さっき男が去っていった方を見る。


「……はい」

「それと」


 女将の目が、並べた小袋へ移った。


「このまま馬車の横で売るのは駄目だね」

「えっ」


 ルカの表情が曇った。


「売れないってこと?」

「逆だよ。ここじゃ、客がわざわざ見に来ない」


 女将は馬車溜まりを見渡した。


 人は多い。


 だが、馬を休ませる者、荷を積む者、食事へ向かう者、出発の準備をする者と、誰もが自分の用事で動いている。


「売るなら、客が必ず通るところへ置く」


 女将が宿の入口を指した。


「あそこの柱の脇。宿を出る客なら嫌でも目に入る」


 シンジの眉が上がった。


「出口導線か」

「どうせん?」

「あ、いや。こっちの言い方です」

「また変な言葉使ってるね」


「でも、言ってることは同じです。客に商品を探しに来てもらうんじゃなくて、客が通るところに商品を置く」


「あんたのところじゃ、そんなことにも名前があるのかい」

「何にでも名前つけたがる世界だったんですよ」

「面倒くさいねえ」

「否定できない」


 女将が笑う。

 それから再び小袋を見て、しばらく考えた。


「このうち、半分はうちが買うよ」

「え?」


 今度こそ、ルカが固まった。


「買ってくれるんですか?」


「宿に置いておけば使えるからね。《道中修繕》なんか、馬車乗りにはちょうどいい。《出立準備》も朝の客に勧めやすい」


 女将は一つずつ中身を確かめる。


「残りは入口で売ってみな。場所は貸してやる」

「本当に?」

「ああ。ただし、商売するなら条件は決めるよ」


 女将とルカの顔つきが変わった。

 ここから先は、好意ではない。

 商売の話だ。


「置かせてもらう分の場所代は?」

「売れた分から少しもらう。それでどうだい」


 ルカはすぐには答えなかった。

 小袋の数を見て、値段を考える。

 女将に買ってもらう分。

 自分で売る分。

 場所代を引いたあと、どのくらい残るか。


「…………」


 シンジは黙っていた。

 助け舟も出さない。

 これはルカの商売だからだ。


 やがて、ルカが顔を上げた。


「お願いします」

「即答しないんだね」

「商売だから」


 女将の口元が上がった。


「いい顔になったじゃないか」


 ルカは少し照れながら頭を下げる。


「お願いします。買ってもらう分と、入口で売る分に分けます」

「ああ。それでいこう」


 女将は頷き、今度はシンジを見た。


「それにしても」

「はい?」

「あの変な男は、しっかり捕まえときな」


「え?」


「商売の頭は使える」

「俺、捕獲対象なの?」

「逃がすと損するよ」

「俺の評価、そこなの?」


 ルカが吹き出した。


「シンジを入れる籠を用意しなくちゃ!」

「ゲージに入れられるのか!?」

「逃げられないように、縄でちゃんと縛っておくんだよ」

「俺の人権どこいった!?」


 女将が豪快に笑う。

 シンジは白く丸い両手を膝へ乗せ、遠い目をした。


「俺、この世界で人権を獲得するまで時間かかりそうだな……」


          ◇


 小袋は、女将が指定した宿の入口脇へ移された。


 四種類を並べ、その前に商品名と一言を書いた札を置く。

 札を書いたのはルカだった。

 シンジはその横から覗き込む。


「そこ、《夜間備え》で合ってる?」

「合ってるよ」

「こっちは?」

「《道中修繕》」


「……自分でも読めたらなあ」

「今度、私が文字を教えてあげる」

「おお!マジで助かる。ルカ先生お願いします」

 

 ルカは満足げに笑った。

 しばらくして、女将がやってきて、並べた小袋を見る。


「もう少し、こっちだね」

「ここじゃ駄目?」


 ルカが箱を持ち上げる。


「扉を出てすぐの客は前しか見てない。二、三歩歩いたところで周りを見るんだよ」

「へえ……」


 言われた場所へ箱を動かす。

 シンジは女将を見た。


「すごいな」

「何がだい」


「客がどこを見るかまで分かってる」

「毎日ここで客を見てりゃ分かるよ」


「さすが女将。見るべきところはちゃんと見てる」

「あんたに感心されると、なんだか気味悪いね」


「さっきから俺への当たり強くない?」

「あんたをそれだけ、気に入ってる証さね」

「もう少し素直な気に入り方を希望する」


 笑う女将に拗ねるシンジ。


 その時、宿から一人の旅人が出てきた。

 一歩、二歩。

 そして、三歩目で視線が札へ向いた。


「……灯りが消えるその前に。夜のお供に」


 足が止まる。


 シンジと女将が同時に相手を見た。

 旅人は《夜間備えセット》を手に取る。


「これ、火打石も入ってるのか?」

「入ってるよ」


 女将が答えた。


「夜道を行くなら持っていきな」

「そんなに必要か?」


「昨日もいたよ。途中で灯りが消えて、暗い道で転んで泥だらけになって戻ってきた客が」


「……本当?」

「あたしが嘘ついて何になる」

「いや、売上にはなるでしょ」


 シンジが横から言った。


「黙ってな!」

「はい!」


 旅人が笑った。


「じゃあ、一つもらうよ」

「ありがとうございます!」


 ルカがすぐに応じる。

 銅貨が鳴った。


 二つ目。

 少しして三つ目。


 今度は《簡易応急セット》。

 その次は《出立準備セット》。


 女将が客に声をかけることもあれば、札を見て自分から足を止める客もいた。

 シンジは途中から口を挟まなかった。

 地面に座ったまま、ただその様子を眺めている。


 自分が考えた仕組みが、自分が動かなくても回り始めている。


「……いいな」

「何が?」


 近くにいたアースが聞いた。


「こういうの」

「分からん」

「だろうな」


 シンジは笑った。


          ◇


 小袋が売れている間に、馬車の方でも話が進んでいた。


 女将が呼んだ職人が、車輪の下へ潜り込んでいる。

 しばらく調べたあと、職人が車軸を軽く叩いた。


「……こりゃ酷いな」


 バルトの顔が曇る。


「やっぱりか」

「軸まで傷んでる。本修理するなら交換だ」

「ここでできるか?」

「無理だ。領都まで行かないと部品がない」

「領都までは?」


 職人はしばらく考えた。


「添え木を増やして、縄も全部替える。それで持たせる」

「持つか?」

「あとは御者のあんた次第だ」


 シンジが感心したように言う。


「職人が言うと、不安な言葉でも、頼もしく聞こえる」


 職人がシンジを見る。


 額の仮界紋。

 白く丸い両手。

 汗と土にまみれた服。


「…………」


「今、何か突っ込もうとしました?」

「いや、仕事のことを考えてただけだ」


「対応が大人だなあ」

「お望み通り、突っ込んでやろうか?」


 バルトが笑った。


「急ぐなら今からやる」


 職人の言葉に、バルトが頷く。


「頼む」

「費用は――」


「私が払います」


 ルカだった。

 手には、さっき売った商品の銅貨がある。


「ルカ」

 ガレンが荷台から声をかけた。


「大丈夫」

 ルカは振り返った。


「必要なお金だから」

「…………」

「この荷で稼いだお金を、この馬車に使う。そうすれば領都まで行けるんでしょ?」


 職人が頷く。


「応急処置だが持たせる」

「ならお願いします」


 ルカは銅貨を職人へ渡した。

 リーヴェでは、捨てることまで考えていた荷。

 それが小袋になり。

 客へ売れ。

 銅貨になり。

 今度は、ガレンを領都へ運ぶための板と縄へ変わっていく。


 シンジはその様子を見て、少しだけ笑った。


 何も言わない。

 ここから先は、ルカ自身が経験する時間だった。


          ◇


 夕方。

 ローデンの馬車溜まりへ長い影が伸びていた。


 朝より荷は減り、車軸には新しい添え木が入り、太い縄が何重にも巻かれている。

 宿の入口には、まだ四種類の小袋が並んでいた。


「シンジ」

「ん?」

「売れたよ」

「さっきも聞いた。よかったな」

「……ううん、そういう報告じゃなくて」


 ルカが困ったように笑う。


「ちゃんとシンジに伝えたかったの」

「何を?」

「シンジ見て、売れたよって」

「俺に?」

「うん。シンジのおかげで売れたよって」


 少し照れたように、それでも嬉しそうにルカは笑った。


「だから、シンジにちゃんと言いたかったの」

「…………」


 その顔を見た瞬間。

 シンジの頭に、遠い日の光景が浮かんだ。


 小学校の運動会。

 白い線を越えた娘が、真っ先にこちらを探していた。

 見つけると、得意そうに笑った。

 その左隣には、妻がいた。


 左利きの妻は。

 昔から、自然とシンジの左側にいることが多かった。

 食事をする時も。

 隣に座る時も。

 右利きのシンジと肘がぶつからない。


 そんな小さなことを。

 いちいち言わずにやる人だった。


 ほんの一瞬、胸の奥が締めつけられる。


 娘。

 妻。

 家。

 帰りたい場所。


「シンジ?」


 ルカの声に、意識が戻る。


「あ、ごめん」

「どうしたの?」

「ちょっと昔のこと思い出しただけ」

「そっか」


 シンジは目の前のルカに娘を重ねたまま、目を細めた。

 それから、ゆっくり笑った。


「よくやった」

「……うん」

「ルカが頑張って売ってるところ、ちゃんと見てたぞ」


 その言葉に、ルカが一瞬だけ固まった。

 目が潤みはじめて、慌てて顔を伏せる。


「……ありがと……シンジ」

 そう言いながら、顔をあげたルカの頬に涙が伝っていた。


 その時。

 シンジの視界へ、半透明の文字が浮かんだ。


【休息推奨】

「……分かってるよ」


 小さく呟き、馬車の影へ背を預ける。

 今度は誰にも言われなくても、素直に目を閉じた。

 焼いたパンの匂いが、風に乗って流れてくる。


 ぐう。


「…………」


 腹が鳴った。

 泣いていたルカが、一瞬きょとんとする。


「お腹減ったの?」

「……走ったからなあ」


 シンジが言い訳のように答えると、ルカが小さく笑った。


 ローデンの夜が、ゆっくりと降りてくる。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。