第12話 休息コマンド未実装男
お読みいただきありがとうございます。
真司の異世界実務サバイバル、続きです。
ついに真司のステータスが仕事………するのでしょうか?
最後までお楽しみください。
ステータス欄を読み終えた真司は、さらに視線を下げた。
最後は、称号欄だった。
「……また見るのか、これ」
見る前から嫌な予感がした。
だが、出ている以上、読まないわけにもいかない。
【称号】
飲みかけの朝を奪われた者
納期前夜を越えし者
炎上案件の鎮火者
家に帰る理由を持つ者
休息コマンド未実装男
目頭を押さえたい気分になった。
えっと、最初は……
飲みかけの朝を奪われた者。
最初の行で、真司の胸が少しだけ重くなる。
朝のコーヒー。
テーブル。
妻の声。
楽しんでね。
半分も飲んでいなかったマグカップ。
「……コーヒーくらい、最後まで飲ませろよ」
前にも言った気がする。
それでも、また言わずにはいられなかった。
次。
納期前夜を越えし者。
「魔王城より嫌な響きだな」
今の自分には、魔王城の方がまだ物語として納得できる。
納期前夜は生々しすぎる。
胃にくる。
…次。
炎上案件の鎮火者。
「やめろ。仕事を思い出す」
燃えているのは黒沼だけで十分だ。
いや、黒沼は燃えていない。
むしろ冷たい。
だが、精神的には十分炎上案件である。
……次。
家に帰る理由を持つ者。
そこで、真司は黙った。
冗談のような称号欄の中で、その一文だけが重かった。
家に帰る理由。
ある。
あるに決まっている。
妻がいる。
家族がいる。
仕事もある。
半分も飲めなかったコーヒーもある。
朝の続きが、まだ向こうに残っている。
「……あるよ」
真司は小さく言った。
「あるに決まってるだろ」
言葉は灰線の内側に落ちた。
誰にも通じない。
それでも、自分には届いた。
最後……
休息コマンド未実装男。
………
真司は三秒、固まった。
「最後だけ雑!」
思わず声が出た。
「称号の文体どこ行った!? しかも実装しとけよ、休息は人間の基本機能だろ!」
門の内側で、近くにいた子供がびくっとした。
真司は慌てて口を閉じる。
通じてはいない。
たぶん、変な男が急に叫んだだけに見えている。
いや、それはそれで十分変だ。
真司は小さく頭を下げた。
「すまん。これは板が悪い」
もちろん、誰にも通じない。
ボードは淡々と表示を続けている。
「休息コマンド未実装男、ねえ」
真司は灰線の内側で、包まれた両手を見下ろした。
たしかに、休むのは下手だ。
現実世界でも、そうだった。
夜に見ない方がいいメールを見てしまう。
朝に考えればいい案件を、夜中に頭の中で転がしてしまう。
休んでいるはずなのに、脳だけは勝手に会議を始める。
妻にもよく言われた。
休むなら、ちゃんと休みなさい。
その声を思い出して、真司は少しだけ笑った。
「異世界まで来て、そこを突かれるとはな」
疲れている。
それは間違いない。
身体も、頭も、心も。
だが、完全に倒れるわけにはいかない。
ガレンはまだ危ない。
ルカは不安そうにしている。
セレーナは何かを記録している。
黒沼のことも、この世界のことも、分からないままだ。
休みたい。
でも、止まれない。
それが今の真司だった。
ボードの表示が、ふっと薄くなる。
【推奨:休息】
【補足:休息コマンドは未実装ですが、休息行動は可能です】
「やかましいわ」
真司は小さく返した。
だが、反論する気力はもうあまり残っていなかった。
膝を抱えた姿勢のまま、背中を少し丸める。
両手は身体につけない。
布で包まれた手を、膝の横に浮かせるように置く。
落ち着かない。
非常に落ち着かない。
だが、今できる休み方はこれしかなかった。
真司は門の向こうを見る。
村の中には明かりが灯り始めていた。
低い屋根の間から、煙が細く上がっている。
家がある。
人の暮らしがある。
自分の家ではない。
妻のいる家でもない。
それでも、そこには誰かの帰る場所がある。
だから、門は開かなかった。
その正しさを、真司はもう責められなかった。
「……帰らないとな」
声は小さかった。
誰にも聞こえなくていい。
自分にだけ聞こえれば、それでよかった。
家に帰る理由を持つ者。
その表示が、胸の奥にまだ残っている。
真司は灰線の内側で、ゆっくり息を吐いた。
夜はまだ来ていない。
けれど、今日という一日は、もう十分に長かった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
真司のステータスはやっぱり、履歴書でした。
ですが、これからです。
今後の展開にご期待ください。
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