第11話 休息コマンド未実装男
お読みいただきありがとうございます。
少しずつ見えてきたこの世界の仕組みと、自分にできること。
引き続きお楽しみください。
準備が終わった。
ルカたちも明日に備えて休み始める。
シンジも借りた毛布へ横になった。
「…………」
静かだ。
ようやく。
本当に、ようやく。
何もしなくていい時間が来た。
「……今日、長すぎない?」
朝。
知らない森で目覚めた。びっくりした。
荷馬車を見つけて駆け寄った。びっくりされた。
人を助けた。助かってよかった。
黒い何かに触った。気持ち悪かった。
魔獣に襲われた。死ぬかと思った。
魔法を見た。これもびっくり。ただし、俺は使えない。
美女が現れた。本当に綺麗だったなあ。
額に何か書かれた。バカとか肉とか書かれなくてよかった。
痛くて踊った。ワイ・エム・シー【発言禁止】……はい。
……あれ?なんか、涙が出てきた。
そんなこんなで、言葉が通じるようになった。
少年だと思っていた子が女の子だった。
土下座した。
その後は商売の相談までしていた。
「異世界転移初日……予定詰め込みすぎだろ」
神様。
ここまでがんばった転移者にお詫びチートとか無いんですか?
「しかも、ステータスが履歴書だったし……」
もう泣いてもいいよね。
「そういや……」
ふと思う。
「俺、今どうなってんだ?」
意識を向ける。
淡い光。
あの板が現れた。
【堺井 真司】
【年齢:52】
【肉体年齢:推定40前後】
【身体:C】
【魔力:E】
【戦闘:E】
【精神:B】
【適応:A】
「戦闘E」
シンジはしばらく眺めた。
「……知ってる」
今日一日で嫌というほど分かった。
剣は振れない。
魔法もない。
敵を倒す技術もない。
「でも石は投げたぞ」
【戦闘:E】
「はい」
潔く諦めた。
次を見る。
【状態】
【黒沼接触】
【隔離観察中】
【両手:封止処置中】
【仮界紋:稼働中】
【言語適応:初期照合中】
【文字理解:未接続】
【疲労:蓄積】
「最後だけ表示いらないくらい分かる」
全身が重い。
ただ。
「仮界紋……か」
額へ触ろうとして。
白く丸くなった手を見てやめた。
額、痛かった。
ものすごく痛かった。
だが。
そのおかげで、今は言葉が通じる。
ルカが怒っていることも。
アースが笑っていることも。
バルトの話も。
セレーナの声も。
ちゃんと意味が届く。
「……ありがたいよな」
シンジは小さく呟いた。
そして、もう一つの項目へ目を向ける。
「称号?」
こんなのあったっけ? とりあえず開いてみる。
【飲みかけの朝を奪われた者】
「…………」
シンジは黙った。
「コーヒーくらい、最後まで飲ませろよ」
今になって思い出した。あれ、飲みかけだった。
次。
【納期前夜を越えし者】
「魔王決戦前夜みたいな、嫌な響きだなおい」
今のところ、魔王城へ行く予定も、魔王を倒す予定もないが。
……次。
【炎上案件の鎮火者】
「やめろ。仕事を思い出す」
異世界まで来て。
なぜ昔の仕事に追いかけられなければならないのか。
「もっと普通のないの!?」
旅行。
家族。
趣味。
楽しかった記憶。
「俺の人生、仕事しかなかったみたいじゃねえか」
気を取り直して、次。
【家に帰る理由を持つ者】
「…………」
シンジの表情から笑いが消えた。
「……あるよ」
当然だ。
妻と家族、そして我が家。
あの朝、いつもの生活。
続くと思っていた、何でもない日常。
「帰りたいよ……」
声は小さかった。
「帰れるなら、帰りたい」
方法は分からない。
帰れるかどうかすら分からない。
なら、今は生きるしかない。
まずは、この世界を知る。
今日、この世界で出会った人たち。
魔法を見て驚いた。
ルカたちと一緒に助けられた。
セレーナやみんなと笑い合えた。
少しだけ、楽しいと思えた瞬間もあった。
でも。
だからといって。
帰りたいという気持ちが消えるわけじゃない。
帰る方法があるなら探す。
「……まあ」
シンジは白く固められた両手を見る。
「まず、この手どうにかしないと、帰れても家の鍵開けられないけどな」
少し笑えた。
そして、最後の称号を見る。
【休息コマンド未実装男】
「…………」
三秒。
「最後だけ雑!」
思わず声が出た。
慌てて周囲を見る。
誰か起きたかと思ったが、大丈夫そうだ。
「称号の文体どこ行った!? しかも実装しとけよ、休息は人間の基本機能だろ!」
【称号です】
「これ称号じゃなく悪口だろ!?」
【…………】
「誰だ!称号書いたやつ出てこい!」
【不明】
「お前じゃないよな!?」
理不尽だった。
「そもそも、休息コマンドって何だよ」
【推奨:休息】
「だから、その直後に休めって言うな!」
【疲労:蓄積】
「見れば分かる!」
【補足】
「まだ何かあるの?」
【休息コマンドは未実装ですが、休息行動は可能】
「やかましいわ!追討ち補足するな!」
シンジは毛布へ沈んだ。
「横になってるだろ」
【肯定】
「じゃあ休息できてるじゃねえか」
【現在:会話中】
「誰のせいだ!」
少し離れたところで。
「……シンジ?」
ルカの声がした。
「はい!」
「さっきから誰と喋ってるの?」
「…………」
シンジは空中の板を見る。
当然。
ルカには見えていない。
「板……」
「いた?」
「うん」
「板と喋ってるの?」
「……そうなるな」
少し間があった。
「シンジ、疲れてるんだよ。もう寝た方がいいよ?」
「違う! そういう心配されるやつじゃないから!」
「おやすみ、シンジ」
「理解を諦めるな!」
返事はなかった。
完全に寝る態勢へ戻ったらしい。
「……くそ」
【推奨:休息】
「お前まで乗っかるな」
シンジは表示板を閉じようとする。
その時。
【休息コマンド未実装男】
「念押しするな!」
閉じた。
「寝る!」
今度こそ目を閉じる。
準備は終わった。
明日やることも決まっている。
なら、今やるべき仕事は一つしかない。
寝ることだ。
休息コマンドは未実装でも。
五十二歳にもなれば、眠るくらいは自分でできる。
たぶん。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。




