第10話 準備で八割
お読みいただきありがとうございます。
真司の異世界実務サバイバル、続きです。
少しずつ見えてきたこの世界の仕組みと、自分にできること。
剣も魔法もない真司が、世知辛い異世界と向き合っていきます。
「その荷」
シンジがルカを見る。
「まだ、諦めるのは早いかもしれないぞ」
「え?」
ルカが瞬きをした。
「でも、村ではもうこれ以上売れないし、ローデンでも全部売れるとは……」
「うん。だから、そのまま売るのをやめる」
「そのまま?」
シンジは荷馬車を見る。
袋。
木箱。
束ねられた日用品。
種類ごとに、まとまった単位で積まれている。
「ルカ。これって、普段はこのくらいのまとまりで売るの?」
「物によるけど、行商だとある程度まとめて売ることが多いよ。その方が手間も少ないから」
「じゃあ、それを小さくする」
「小さく?」
「一種類をたくさん買ってもらうんじゃなくて、使う場面ごとに必要な物を少しずつ集めて、一袋にする」
「……?」
ルカの頭上に疑問符が見えそうだった。
「なんて言うか、用途によって似たような場面で使う商品あるだろ?皿とスプーンとか」
シンジは白く封止された両手を持ち上げた。
「一回分とか、持ちやすい量に分けてその場面で使う物をまとめるんだ」
ルカが荷を見る。
「でも、それって……」
「手間は増える」
シンジは即答した。
「だけど、買う人は迷わないし、探さない」
「え?」
「まず、客がどういう場面で、何に困るか考えるんだ」
「困る?」
「困る理由が買う理由になるから」
「……それが売る方法になるの?」
「そう」
シンジは真顔で頷いた。
「客が迷ったり、探したりする労力をこちらで解決してあげるんだ」
「なんで?」
「その一手間が、買いたいって思わせるための、需要のひとつになる」
ルカが真剣な顔になる。
「シンジ……それって」
「目の前に商品を並べて客の『欲しい』を待つんじゃなくて、欲しいと思わせる物を事前に作っておくんだ」
「そのために客が困ることを事前に考えて、そこに手間をかけてあげるんだ」
ルカはシンジに言われたことを考え出した。
そのルカの様子を見たシンジは、それ以上の補足はしなかった。
自分の中へ落とし込もうと考えている人に、
これ以上の説明をしても迷わせるだけだ。
ここから何を掴むかはルカ次第だ。
◇
その後、ルカからいくつか質問を受けた後。
「具体的に組み立てていこうか。まず、ローデンにはどんな人が来る?」
「旅人、商人、御者、護衛……街道が合流する宿場だから、いろんな人が来るよ」
「長く滞在する?」
「一泊して、補給して、そのまま次へ行く人が多いかな」
「なら、商品を一個ずつ悩んで選ばせるより、見た時に用途が分かる方がいい」
「用途?」
「『これを一袋持っておけば、この場面で困らない』って売り方」
ルカが再び荷へ目を向ける。
「あ……」
「何かある?」
「この辺と、こっちを一緒にしたら、旅人には便利かも」
「よし。なら、それを考えるのはルカの仕事」
「シンジじゃないの?」
「俺、この世界の商品をほとんど知らないぞ」
「あっ、そっか」
「売り方は出せる。でも、何と何を組み合わせれば本当に便利かは、商人のルカの方が分かる」
「…………」
「俺が全部決めたら、それこそ賭けになる」
ルカは少し考えてから、こくりと頷いた。
「やってみたい!」
「よし」
シンジも頷く。
「じゃあ、問題を出来るだけ全部、洗い出すぞ」
「問題? なんで先に出すの?」
「ここからが仕事です」
◇
小さく分ける。
用途ごとに組み合わせる。
ローデンで売る。
言葉だけなら簡単だった。
「最初に、時間の問題を共有しておこう」
「ガレンを少しでも早く領都へ連れていきたい」
「うん」
「だから、この村に留まって袋詰めしてたら意味がない」
「うん……」
「ローデンに着いて作業しても同じく意味がない」
「そっか、そうだよね……」
「なら、時間を有効的に使えるよう準備をしていこう」
「……どうするの?」
「まず、小分け用の袋はあるか?」
「小袋ならあるよ。商品として持ってきた物と、荷分け用の予備も」
「数は?」
ルカが確認する。
「これくらい」
「作る種類と数を決めてから、足りるか確認。足りなければ紐で括るなど、別の対策をしておこう。」
「次に、作業場所だ」
「場所?」
「馬車の中で作ろう」
「走りながら?」
「そう」
「揺れるよ?」
「だから今の積み方じゃ駄目」
アースも荷台を見る。
シンジは荷台のおおよその図を描きはじめる。
「確かに。今は運ぶための積み方だな」
「そう。これを作業するための積み方に変える」
使う品を近くへ。小袋も取りやすく。
元の荷。
作業スペース。
完成品置場。
それぞれ置く場所を分け、簡単な図を描く。
揺れて崩れる物は固定する。
ガレンが横になる場所は絶対に潰さない。
通路も残す。
レイアウトがだいたい決まってきた。
あとは、途中の指示や進捗確認は自分がするとして……
バルトは御者。走行中は作業できない。
先にルカとアースの作業内容を決めておいた方がいいな。
「袋詰め作業だが……」
「私!」
ルカが即答する。
「当然ルカは必要。ただ、完成品まで工程が多いから、一人じゃ効率が悪い……」
「俺もやる」
アースがも即答した。
「周囲を見る必要がある時は外すが、それ以外は手伝う」
「うん。 袋詰めと併せて、アースには重い荷分けなど、作業補助も頼みたい」
「分かった。 任せろ」
二人とも指示する前に名乗られて、そのやる気にシンジは感心した。
その後、二人と作業内容や連携などを話し合った。
シンジの頭の中で、条件が一つずつ並んでいった。
誰が。
何を。
どの順番で。
どこに置き。
何が起きたら止めるのか。
成功するために何が必要か。
何を事前に用意しなければならないか。
効率や工程を組み。
実行した時に起こりそうな問題を、先に潰す。
対策できるものは、始める前に対策する。
成功したら運が良かった。
失敗したら運が悪かった。
そんなのは仕事じゃない。
**成功するべくして、成功させる。**
「……準備八割だな」
「八割?」
「俺が昔から心掛けてる掟というか癖みたいなものなんだが……」
「仕事って、始める前の部分で八割ぐらい決まるんだ」
「そんなに?」
「準備できてれば、始まってから困ることが減る」
シンジは少し笑った。
「逆に、準備してないと、現場で奇跡が起きるのを祈ることになる」
「奇跡……?」
ルカは首を傾げる。
「俺、そういうの嫌いなんだよ」
シンジがどや顔で言う。
「違う世界から奇跡のように来た人が、それ言うの?」
「それとこれとは別問題です」
ルカが吹き出した。
シンジも笑う。
ふと、昼間の戦いが頭をよぎった。
あの時も同じだったなと。
襲われてから助けるんじゃない。
回り込まれる前に知らせる。
囲まれる前に位置を変える。
危険になってから何とかするのではなく。
危険になる流れを、先に崩す。
今では癖になっていることが活きた場面でもあった。
「……結局、同じか」
「何が?」
「いや。こっちの話」
◇
その夕刻から夜にかけて。
袋詰めそのものは始めなかった。
暗い中で慣れない作業をして、商品を混ぜたり失くしたりしたら本末転倒だ。
やったのは準備だけ。
明日、馬車が動き出した瞬間から作業に入れるようにする。
「それ、こっち」
「これ?」
「うん。そっちの袋と一緒に使うなら隣」
シンジは触れない。
だから口を出す。
ルカが商品の組み合わせを確認する。
アースが荷を動かす。
バルトは重さの偏りを見ながら位置を修正する。
セレーナも時折ガレンの状態を確認しながら、その様子を眺めていた。
「……ずいぶん変わりましたね」
荷台を見たセレーナが言う。
「何が?」
「最初見た時より、整理されて見えます」
「物は一個も減ってないけどね」
「でも、人が動きやすそうです」
「それが目的」
シンジは荷台を見回した。
未処理品。
作業用の小袋。
組み合わせる商品。
完成品を置く空間。
全部、決まった。
「よし」
シンジは満足そうに頷いた。
「これなら明日、馬車が動き出したらすぐ作れる」
準備は終わった。
あとは明日、動くだけだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
真司の状況は、少しずつ整理されてきました。
ただし、分かったことが増えるほど、分からないことも増えていきます。
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次話もお付き合いいただければ幸いです。




