第102話 全部、もうある
【前書き】
いつもお読みいただきありがとうございます。
異世界テンプレに裏切られたおっさんが、
なぜか騎士になてしまった物語をお楽しみください。
「綺麗にしたところで、勝手に上へ戻ってはくれませんよ」
セレーナに言われ、シンジは黙った。
「そうなんだよな」
浄化槽は湯場より低い場所にある。そこへ流れた水を、浴槽まで押し戻す必要がある。
「地下の水は、どうやってこの管まで上げてる?」
「循環魔道具です」
セレーナが答えた。
「循環魔道具?」
「水や液体を、管の中へ送る魔道具です」
「そんな物があるのか」
「私の家でも、いたるところで使われていますよ?」
「そうか。栓を抜けば水が出るもんな」
「いえ、水口だけではありません」
セレーナは少し考えてから続けた。
「家の前の噴水にも使われています」
「あれも魔道具だったのか」
「逆に、どうやって水を噴き上げさせてると思ってたんですか?」
「水圧とか、高低差とか……」
「水圧?」
「水にも押す力があってな。高い所から落とすと、その力で別の場所へ……」
説明しながら、シンジは屋敷の前にあった噴水を思い出した。
何本もの水が、同じ高さまで絶えず噴き上がっていた。
水源がどこにあり、どれほど高い場所から水を落としているのか。
確かに、そんな設備は見た覚えがない。
「……あの噴水、高低差で動いてないな」
「循環魔道具ですから」
「ですよね。さすがファンタジー」
「ふぁんたじー?」
「こっちの話だ」
ルカが笑いをこらえている。だが、シンジの疑問はまだ終わっていなかった。
「噴水の水は、一度噴き上がったら捨てるのか?」
「いいえ。下の槽へ落ちた水を、また魔道具で上へ送ります」
「同じ水を何度も回してる?」
「はい」
「水以外にも使えるのか?」
「基本的には同じ魔道具です。液体なら何でも、という訳ではないですが」
「湯は?」
「基本的に水なので大丈夫かと」
そこで、ようやく意味がつながった。同じ水を集め、また送り出す。
噴水では、それを当たり前にやっている。
「浄化した湯を、循環魔道具で浴槽へ戻せる……」
「戻しただけでは、水ですよ」
セレーナが指摘する。
「冷めてるからな」
温め直す必要がある。シンジは、先ほど見た古い窯へ目を向けた。
「窯の中で熱を出してた石。あれは何なんだ?」
「炉石だよ」
マルタが答えた。
「一度火を入れれば、長い間、高い熱を出し続ける。窯は基本的に止めない」
「止められない?」
「止めることはできるさ。でも、残っている力が無駄になる」
「ぬくみ石とは何が違う?」
「炉石は熱を出す石。ぬくみ石は、その熱を蓄えて水へ渡す石だよ」
「だったら、炉石を直接、水へ入れた方が早くないか?」
マルタの顔が険しくなった。
「そんな勿体ない使い方、誰がするんだい?」
「勿体ないのか?」
「水へ入れたら、それで終わりさ。熱を出す力が壊れちまう」
「一回で駄目になるのか」
「だから窯で使うんだよ」
熱を作り続ける炉石。その熱を窯のそばで蓄えるぬくみ石。
水へ触れた時だけ、蓄えた熱を放出する。
シンジは、ようやく二つの石の役割を理解した。
排水を集める溝。
汚れを除く浄化槽。
水を送る循環魔道具。
高熱を生み続ける炉石。
熱を水へ渡すぬくみ石。
地下から新しい水を供給する四本の管。
別々に見えていた物が、少しずつ一つの流れへ並び始めた。
「ボード」
視界の端に半透明の板が開く。
「今聞いた設備を使って、湯を循環させる仕組みを考えられるか?」
【確認済み情報を照合します】
【既存地下水供給】
【既存排水溝】
【既存浄化槽】
【浄化石】
【循環魔道具】
【炉石】
【ぬくみ石】
【既存湯溜水槽】
【仮設計を開始します】
文字の横へ、少しずつ線が引かれていく。
大型浴槽からあふれた湯を、溝で集める。
浄化槽へ送り、汚れと臭いを除く。
綺麗になった水を別の槽へ溜める。
循環魔道具で、加熱設備まで送る。
窯のそばで蓄熱を終えたぬくみ石を水へ沈め、再び湯にする。
温め直した湯を浴槽へ戻す。
蒸発や、身体へ付着して失われた分だけ、地下水供給管から新しい水を足す。
身体を洗うための掛け湯は、循環した浴槽の湯とは分け、新しい水から作る。
表示された線を、シンジは何度も目で追った。
「待て」
「問題がありますか?」
「いや、逆だ」
必要なのは……
浄化後の水を溜める槽。
水を送るための管。
浴槽へ湯を戻す水口。
既存設備をつなぐための栓と留め具。
新しく発明しなければならない物は、ほとんどない。
「全部、もうある」
シンジは設計図を指した。
「足りない物を加えて、つなぐ順番を変えればいいんだ」
マルタが設計図をのぞき込み、指先で線をたどる。
湯を使う。
集める。
綺麗にする。
温め直す。
浴槽へ戻す。
「これくらいの改築なら、一週間もあればいけるね」
「一週間で?」
「新しく建てるわけじゃないだろう?」
マルタは線の途中を指した。
「古い窯も使える。浄化槽もある。水を送る魔道具もすぐ手に入る。足りない槽と管を加えればいい」
「ああ」
「当たり前のことなんだけどね……」
マルタは設計図を軽く叩いた。
「こうして流れを作れば、何をすればいいのかが見えてくる」
「それが設計だからな」
シンジは設計図の端から端までを指でなぞった。
「水を入れる。温める。使う。綺麗にする。また戻す。一つでも抜けたら、目的を果たす流れにならない」
「それを当たり前みたいにできる、いや、できるようにする、あんたの能力」
マルタが、にやりと笑った。
「悪くないね。さすが、変な称号を持つ騎士さまだ」
「それ、褒められてるのか!?」
「褒めてるさ!」
マルタは胸を張った。
「私が騎士と認めてるんだ。最高の誉め言葉として受け取っておきな!」
シンジは苦笑しながら、もう一度設計図を見た。
マルタから依頼された湯場改革は、これでようやく形になり始めた。
そして、炉石が高い熱を出し続ける窯を眺めているうちに、別の考えが浮かぶ。
「……待てよ」
「まだ何かあるのかい?」
「炉石で、金属や石をずっと熱しておけるよな」
「できるだろうね」
「そこへ少しずつ水を落としたら、蒸気が出る」
「蒸気を作って、どうするんですか?」
セレーナが尋ねた。
「熱い部屋へ流す」
「前にお話しされた『さうな』ですか?」
「そうだ、サウナが作れるかもしれない!」
「なぜ、そこまでのこだわりを?」
「セレーナ君、サウナは良いものなのだ」
「なぜ君呼びに?」
セレーナは首をかしげる。そして、マルタが目を細める。
「それは、私が頼んだ湯場改革に必要なのかい?」
「無くても大丈夫だが……」
「じゃあ、何なんだい?」
「俺が欲しい」
セレーナが静かに息を吐き、ルカが声を上げて笑った。
湯場改革は、マルタの依頼。サウナは、シンジの趣味。
二つの計画は、同じ設計図の上で、そろって湯気を上げ始めた。
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