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異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第四章 ~騎士~

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第103話 湯楽計画はどこへ行った

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。

異世界テンプレに裏切られたおっさんが、

なぜか騎士になてしまった物語をお楽しみください。



「その、さうな?とはいったい……」


 セレーナが聞き返した。


「熱い部屋で、蒸気を浴びながら汗をかく設備だ」

「だから、なぜ、わざわざ暑い部屋へ入るんだい?」


 マルタが怪訝そうな顔をする。


「気持ちいいから」

「それだけかい?」

「それだけじゃない」


 シンジは設計図の空いた場所へ、四角い小部屋を描き足した。


「炉石で金属か石を高温に保つ。そこへ少しずつ水を落として蒸気を作る。それを小部屋へ流せば、サウナになる」


「作れるかどうかを聞いてるんじゃないよ」


 マルタの指が、描き加えられた四角を叩いた。


「必要な物なら作ればいい。だけど、それが必要だという根拠はあるのかい?」

「根拠?」

「私が頼んだのは、宿の湯場を良くすることだよ。あんたの好きな物を、何でも置けばいいって話じゃない」


 反対側から設計図を見ていたセレーナも、静かに顔を上げた。


「シンジが、そのサウナという物を好きなのは分かりました」


「分かってくれたか」


「ですが、本当に必要な物ですか?」

「……そこも分かってほしいな」

「利用する客にとって、どのような利点があるのでしょうか」

「えっと……」

「宿の収益につながる根拠も必要だね」

「えっとですね……」


 マルタとセレーナの視線が、左右からシンジへ突き刺さる。

 依頼主と巡回書記官。勢いだけで押し切れる二人ではなかった。


 だが、サウナが作れるかもしれないと分かった以上、シンジはどうしても欲しかった。

 熱気。全身から噴き出す汗。

 外へ出た時に味わう、身体の中まで軽くなったような感覚。

 ここで引き下がれば、異世界でサウナに入る機会など二度と来ないかもしれない。


 何かないか。自分が好きだから、以外の理由。

 記憶を探っていると、会社勤めをしていた頃の光景が浮かんだ。


 休憩時間になるたび、サウナ好きの同僚が女性社員を捕まえて熱弁していた。


『サウナは美肌にもいいんだぜ?』

『汗と一緒に肌の汚れが出て、古い角質も落ちやすくなる。肌に艶と張りが出るんだ』

『しかも血の巡りがよくなって、代謝も上がる。むくみの解消や、魅惑のボディーラインを作る手助けにもなる』

『俺たち男だって、疲労回復、質のいい睡眠、ストレス発散、筋肉のほぐれ。そういうのを実感してる』

『な? サウナって最高だろ?』

 女性社員たちは困った顔をしていた。

 だが、本人だけは実に楽しそうだった。あいつ、熱弁してたなあ。

 どこまで本当なのかは知らない。

 だが、今は使えるものを使うしかない。

 

 よし。サウナの効果を、詳しく話してしんぜよう。


「おほん」


 シンジは咳払いをし、胸を張った。


「二人とも、サウナというのは、ただ汗を流すだけの設備ではないのだよ」

「なんか偉そう」


 ルカがぼそりと言った。


「高温の蒸気で身体を温め、汗を流すことによって、筋肉の疲労回復、質のいい睡眠、ストレスの解消、あとは美肌効果など、さまざまな効果が期待で――」

「待ちな!」


 マルタの声が飛んだ。


「そこを詳しく」

「え?」


「シンジ」


 セレーナが記録板を構えた。


「詳細な説明を求めます」


「えっと、疲労回復とは一般的に……」


「違うよ」

「違います」


 二人の声が重なった。マルタが設計図へ両手をつき、シンジへ顔を近づける。


「その美肌というやつだよ。早く話しな!」

「マルタ、近い近い」


「もたもたしてると、張っ倒すよ!」

「ひいいっ」


「シンジ、早く話してください。記録します」


 セレーナのペン先が、記録板の上で待ち構えている。セレーナたんが怖すぎる。


「はいぃ! えっと、汗をかくことで、皮膚や毛穴の汚れや古い角質が落ちやすくなると聞いております!」


「それで?」


「身体が温まることで血の巡りもよくなり、肌に艶や張りが出るとも!」


「艶と張り……」


 セレーナのペンが走る。


「むくみにも効くと言ったね?」


 マルタの目が鋭く光った。


「はい! 血の巡りがよくなって、むくみの解消や、身体の線を整える手助けになるらしいです!」


「らしい?」

「会社の同僚が言っていました!」


「信用できるのかい?」

「サウナへの情熱だけは本物でした!」


 マルタとセレーナが顔を見合わせた。


「その同僚というやつが言っていただけかい?」

「いえ、俺の世界では一般的にそう認識されていたと思います!」


「ほう、それなりに普及している話なんだね」

「まあ、医学的な根拠とかそういうのは知らないが……」


 シンジは少しずつ縮こまった。

 それでも二人は、記録板へ書かれた言葉から目を離さない。


「美肌」


 マルタがつぶやく。


「艶と張り」


 セレーナも続けた。


「むくみの解消」

「身体の線を整える手助け」


 二人が、もう一度顔を見合わせた。


「試す価値はありそうだね」

 先に口を開いたのはマルタだった。


「そうですね」

 セレーナも、記録板を見ながらうなずく。


「効果が確認できれば、女性客へ勧める十分な理由になります」


「だろ?」


 シンジの顔が明るくなる。


「だから、サウナは必要なんだよ!」

「まずは試作だね」


 マルタが設計図の空いた場所を指で叩いた。


「温度を変えられるようにして、何人かで試す。肌がどうなるか、むくみとやらがどう変わるのかも確認するよ」

「えっと……」


 勢いよく話が進み始めたところで、シンジは恐る恐る手を上げた。


「あの、湯楽計画は……?」

「そんなもの、どうだっていい!」


 マルタが拳で設計図を叩いた。


「まずはサウナの検証からだ!」

「ど、どうでもいい!?」


 シンジは思わず一歩下がった。


「言い切ったよ。言い切っちゃったよ、この人!」

「シンジ、大丈夫ですよ」


 穏やかな声が横から届いた。振り向けば、セレーナが優しく微笑んでいる。


「おお……心の女神、セレーナ様」


 シンジは救いを求めるように両手を伸ばした。


「セレーナ、女将を止めてくれ。完全に目的を忘れちゃってるよ」


「任せてください」


「頼もしい!」

「私が巡回書記官として、このサウナを検証し、正確に記録します」

「セレーナさん!?」


 伸ばした手が、行き場を失った。


「それは……公私混同ではないでしょうか……」

「いいえ、シンジ」


 セレーナは真剣な顔で首を横へ振った。


「これは、この世界の女性のためなのです」

「あ、はい……」

「効果が事実であるならば、正しくエルストリアの記憶へ流さなければなりません」

「そうですね……」


「その記録によって、この世界に美は…サウナという新しい文化が根づくかもしれません」


「今、願望が漏れてませんでしたか!?」

「巡回書記官として、まずは事実かどうかを検証する必要があります」


 セレーナは記録板を胸元へ抱き、使命感に満ちた顔で宣言した。


「安心してください。私が責任を持って確かめます」


「何を?」

「美肌効果です」


「やっぱり、そこなんだ!?」


 マルタが大きくうなずく。


「分かってるじゃないか、セレーナ様は!」

「はい。肌の艶、張り、むくみの変化まで、可能な限り細かく記録します」

「いいねえ!」


 二人の間で、固い握手が交わされた。シンジは、その光景を呆然と眺めた。


「俺はただ、サウナに入りたかっただけなのに……」


「シンジ」


 セレーナが振り返る。


「設計をお願いします」

「はい」


「安全性にも十分配慮してください」

「はい」


「完成したら、最初に私たちが試します」

「はい……」


 ルカが腹を抱え、壁にもたれかかっていた。


「シンジの趣味だったのに、完全に二人の物になったね」

「美肌って、怖い言葉だったんだな……」


 湯場改革はマルタの依頼。サウナはシンジの趣味。


 だが。

 

 美肌効果という一言が加わった瞬間、その優先順位は綺麗にひっくり返ったのである。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。


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