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異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第四章 ~騎士~

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第100話 消費済みです

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。

異世界テンプレに裏切られたおっさんが、

なぜか騎士になてしまった物語をお楽しみください。



 ボードの中央で、小さな光が明滅していた。


【保存履歴を検索中】

【対象期間:シュゼーレン収監時から身体再構成完了まで】


 鏡の前に立ったまま、シンジは無意識に左の脇腹へ手を当てた。

 傷はもうない。痛みもない。

 それでも、あの地下を思い出すと、身体の奥だけが冷たくなる。


【収監第四日目】

【融合スキルの定着を確認】

【《体調管理》を中核として処理を開始】


「融合……?」


 セレーナが小さく繰り返した。

 初めて聞く言葉だった。表示を見つめたまま、シンジの袖をつかむ。


「その過程を、詳しく説明できますか?」


 ボードの文字が一度消えた。


【照会範囲を拡張します】

【融合成立以前の履歴から表示します】

【収監第二日目】

【暴行の反復を確認】

【食事摂取量:著しく不足】

【水分摂取量:不足】

【睡眠:継続的に妨害】

【身体および精神に異常状態が蓄積】


 シンジの喉が小さく鳴った。

 蹴られた皿。乾いた口。眠りへ落ちるたび、鉄格子を叩いて起こされた音。


 時間の感覚が崩れ始めた頃だった。


【蓄積状態から、資質二件が派生】

【蓄積資質《肉体損傷》】

【蓄積資質《回復阻害》】

【精神状態および経験履歴から、称号二件が派生】

【称号《拷問に耐える男》】

【称号《絶望の檻》】


「資質と称号?これは、スキルではないのですか?」

【肯定します】


【資質は、身体に蓄積した状態の傾向です】

【称号は、本人が経験した事実を世界側の表現へ置き換えたものです】


「褒美でも、能力でもない」

【肯定します】


「ただ、俺の身体が壊れて、心も追い詰められてたことに名前がついた」

【概ね正しい理解です】


 シンジは苦く笑った。


「ずいぶん嫌な履歴書だな」


 セレーナは笑わなかった。袖をつかむ指先が、少しだけ強くなる。


【収監第三日目】

【蓄積状態の進行を確認】

【生命維持限界への接近を確認】

【称号《履歴書をスキルに変えた者》が反応】


「そこで、あの称号が動いたのか」

【肯定します】


 過去を、今使える形へ変える。

 シンジが積み上げた履歴は、資格や職歴だけではない。

 壊れかけた現場を立て直したこと。

 不足を見つけ、順番を決め、損失を抑えたこと。

 そして、あの地下で壊されながらも、生きることをやめなかったこと。


【資質二件を再編】

【蓄積資質《肉体損傷》】

【蓄積資質《回復阻害》】

【統合変換を実行】

【スキル《肉体鍛錬》が成立】


「名前だけ聞くと、身体を鍛える能力に思えるな」


【損傷および回復阻害を、肉体構造の強化と更新へ転換するスキルです】


「壊れる状態を、作り直す方向へひっくり返したのか」

【肯定します】


 続いて、二つの称号が表示される。


【称号《拷問に耐える男》】

【称号《絶望の檻》】

【統合変換を実行】

【スキル《起死回生》が成立】


「死んでから生き返る力ですか?」

【否定します】


【生命が維持されている場合に限り、回復および再構築能力を一時的に加速・増幅します】


「名前ほど万能じゃないんだな」


【シンジの理解に近い表現が採用されています】

「俺のせいかよ」


 セレーナの口元が、ほんの少しだけ動いた。だが、表示はそこで終わらなかった。


【《肉体鍛錬》および《起死回生》の成立を確認】

【既存スキル《体調管理》との融合を開始】


「三日目にスキルは完成していた。でも、融合と定着が四日目?なんでだ?」


【個別スキルとしては成立していました】

【ただし、当時の身体状態では安全な処理順序を確立できませんでした】

【三スキルの融合および身体への定着を優先】


「融合には時間が必要だった?もしくは、発動までに時間がかかったと?」

【肯定します】


【融合処理は収監第三日目から第四日目にかけて進行しました】


 シンジは眉を寄せた。


「俺が意識を失ってた間か」


【意識状態にかかわらず処理は継続されました】

【収監第四日目】

【三スキルの融合が身体へ定着】

【融合スキル効果を開始】


 第四日目。セレーナたちが救助へ到着した日だ。


「ちょうど、私たちが地下へ入った頃……」


【時刻の完全な照合はできません】

【救助開始時点と近接しています】


 セレーナの声が震えた。


「間に合う直前に、融合が完成していたのですね」

【肯定します】


 次の表示が開く。


【《起死回生》は、《肉体鍛錬》の効果を一時的に加速・増幅しました】

【《肉体鍛錬》は、損傷の修復に伴い、肉体組織を最小単位から活性化しました】

【損傷した組織を、より健全な構造へ置換しながら修復しました】

【《体調管理》は全身状態を判定し、生命維持に直結する損傷へ処理の優先順位を設定しました】


「最小単位……」


 シンジは表示を目で追う。


「要するに、細胞レベルで作り直したってことか?」


【シンジの知識においては、近い表現です】


「傷を塞いだんじゃない。壊れた部分そのものを、健全な構造へ置き換えた」

【肯定します】


【第一優先】

【頭部内部、内臓、出血、呼吸および循環機能に関わる損傷】

【第二優先】

【骨、筋肉および運動機能に関わる重度損傷】

【第三優先】

【打撲、裂傷、腫脹その他の外傷】


 セレーナの唇が、かすかに開いた。


「だから……」


 治療院で聞いた言葉を思い出したのだろう。


「あの時、治療師が不思議がっていました」

「何を?」

「あれほど長く暴行を受けていたのに、確認できたのは主に外傷だったと」


 そこで、セレーナは首を振った。


「外傷だけで済んでいた……いえ、違いますね」


 袖をつかむ手が震える。


「外傷だけが、残っていたのですね」

【肯定します】


【救出時点で、生命維持に直結する損傷は優先的に処理されていました】


「完全に治っていたわけではないのですね」

【肯定します】


【死亡を回避できる範囲まで、再構成と回復が先行していました】


 部屋が静まり返った。シンジは、表示された文字を何度も読み返した。

 あの時、自分に見えていたのは、腫れた腕や裂けた皮膚だけだった。


 だが、本当に命を奪おうとしていた傷は、その奥にあった。


「見えてた傷より、見えなかった傷の方が先に治ってたのか」

「私が回復魔法をかけた時、外側の傷と骨部にしか反応しなかった。だから内部の損傷が反応しないほど深刻なのかと焦りましたが……こういうことだったのですね」


「だから俺は、生きてた」

【肯定します】


 短い一行が、胸の奥へ重く沈んだ。


「私たちが助けたと思っていました」


 セレーナが目を伏せる。


「助けたんだよ」


「ですが、その前からシンジの身体は、自分を助けようとしていた」

「一人じゃなかったらしいな」


 シンジはボードを見た。


「愛想のない連中が、勝手に働いてた」


【生命維持に必要な処理です】

「ほらな」


 セレーナが、泣きそうな顔のまま小さく笑った。


「融合後、《起死回生》はどうなったのですか?」


【《起死回生》の一度限りの効果は、初期の致命的損傷処理へ集中して使用されました】

【現在状態:消費済み】


「消費済み……」

【肯定します】


「では、その後の回復は?」


【《起死回生》による加速効果の終了後も、《肉体鍛錬》と《体調管理》は処理を継続しました】

【残存損傷および衰弱状態の回復に伴い、肉体構造の置換を継続】

【全身構造の安定を確認後、身体再構成を完了しました】


 救出されたあとも続いた発熱。

 骨格が変わり、筋肉が組み直され、外見まで二十歳前後へ若返っていった現象。

 あれは救出後に突然始まったのではない。

 地下で融合が完成した瞬間から、ずっと続いていた。


「傷が治るたびに、普通の回復じゃなく、より健全な身体へ作り直された」

【肯定します】


「その結果が、この姿か」


【年齢を指定した処理ではありません】

【損傷および劣化した構造を、長期安定性の高い構造へ置換した結果です】


「五十二歳の身体を修理したんじゃなく、傷んだところを新しい構造へ替え続けたら、全身が若くなった」


【概ね正しい理解です】

「俺、中古機械みたいだな」


「シンジは機械ではありません」

「例えだよ」


「中古でもありません」

「そこを強く否定されると、別の意味で刺さるな」


 セレーナの口元に、ようやく少しだけ柔らかさが戻った。

 だが、シンジにはまだ確かめるべきことがあった。


「ボード。再構成に使った力は、どこから来た?」


 表示が止まった。少し長い沈黙のあと、文字が浮かぶ。


【供給源を特定できません】


「傷そのものを、力へ変えたわけじゃないんだな?」

【肯定します】


【損傷は、再構成の対象および起点として取り込まれました】

【損傷そのものを、主要な力の供給源として使用した記録はありません】


「燃料だけは分からないままか」


【確認可能な情報が不足しています】


 シンジは左手の指輪へ目を落とした。

 セレーナも同じ場所を見た。

 だが、どちらも何も言わなかった。

 分からないものを、願望で埋めるわけにはいかない。


「もう一つ」


 シンジはボードへ向き直った。


「《起死回生》は、もう使えない?」


【使用できません】


「また大怪我をしても、同じことは起きない?」

【肯定します】


「これ以上、若返ることも?」

【ありません】


「これからは普通に年を取る?」

【通常の加齢が進行します】


 シンジは長く息を吐いた。


「安心していいのか、残念がればいいのか分からないな」

「安心してください」


 セレーナが即答した。


「これ以上若くなられたら困ります」

「なんでだよ」


「私より年下に見えるようになります」

「中身は五十二歳だぞ」


「外からは見えません」

「そこを気にしてたのか」

「重要です」


 真顔で言われ、シンジは吹き出した。

 ひとしきり笑ったあと、鏡の中の自分を見る。二十歳前後の顔。


 《起死回生》が加速し、《肉体鍛錬》が作り直し、《体調管理》が進む方向を決めた。


 三つがそろったことで、死ぬはずだった身体は、回復するたびに若い構造へ組み直された。

 そして、その最初の加速装置は、すでに使い切られている。


「俺、生き残るための切り札を、知らないうちに使ってたんだな」

「ですが、生き残りました」


 セレーナが言った。


「使わずに残すより、ずっと良かったと思います」

「そうだな」


 切り札は消えた。だが、それでつながった命が、ここにある。


「じゃあ、これからは無茶できないな」


「これまでも、してはいけません」

【過度な負傷を避けてください】


「急に二方向から来たな」


「当然です」

【当然です】


「息まで合ってきたな、お前ら」


 セレーナが笑う。ボードは何事もなかったように表示を閉じた。


 残ったのは、若い姿になった理由。まだ分からない力の源。


 そして、使い切ったからこそ今ここにいる、一度限りの切り札だった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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