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異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第四章 ~騎士~

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第99話 お巡りさん、こっちです

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。

異世界テンプレに裏切られたおっさんが、

なぜか騎士になてしまった物語をお楽しみください。



 部屋の空気が、ようやく朝へ戻った。

シンジとセレーナは身支度を始める。昨夜までの迷いが消えたわけではない。


 答えも出ていない。それでも、隠さずに話せる相手がいる。

 そのことだけで、胸にのしかかっていた重みは少し軽くなっていた。


 シンジは水で顔を洗い、壁に掛けられた小さな鏡をのぞき込んだ。

 黒に近い濃い茶髪。皺のない額。白髪の消えたこめかみ。

 見慣れ始めてはいるが、どう見ても二十歳前後の青年である。


「……ちょっと待て」


 背後で髪をまとめていたセレーナが、手を止めた。


「どうしましたか?」

「大変なことに気づいた」


「身体に異常がありますか?」

「いや。身体は元気すぎるくらい元気だ」


「では、準騎士爵の件ですか?」

「もっと深刻かもしれない」


 セレーナの表情が引き締まる。


「話してください」


 シンジは鏡の中の自分を指さした。


「この顔で……日本へ帰ったら、妻に俺だと信じてもらえないんじゃないか?」


 セレーナは鏡を見た。それから、シンジを見る。


「奥様は、若いころのシンジは知らないのですか?」

「知っているが、30年以上前の記憶だぞ?五十二歳だった俺がこの姿で現れても本人だと信じないだろう」


 今、鏡に映っているのは、その半分にも見えない男だ。


「俺が突然いなくなったあと、二十歳くらいの男が家へ来るんだぞ」


 シンジは玄関先の光景を想像した。


『こんにちは。シンジです』

『どちらのシンジさんですか?』

『あなたの夫です』

 扉を閉められる。当然だ。むしろ閉めなければ、防犯意識を心配する。


「信じてもらうために、奥様しか知らないことを話せばよいのではありませんか?」

「それが逆に怖いんだよ」

「なぜですか?」


「突然現れた若い男が、家族しか知らない話を次々にするんだぞ」


 セレーナは少し考えた。


「奥様のことを調べた、不審な人物だと思われる可能性がありますね……」


「そうなんだよ!」


 理解が早い。早すぎて、余計に不安になった。


「結婚指輪を見せたらどうでしょう」

「同じ物を盗んだと思われたら終わりだ」

「では、私も一緒に説明します」

「見知らぬ外国人女性まで増えるのか?」

「異世界人です」


「状況を悪化させる情報を足すな!」


 五十二歳の夫を名乗る二十歳の男。

 その婚約者を名乗る十九歳の異世界人。

 説明だけを聞けば、怪しい宗教か、新手の詐欺集団である。


「日本には、記録板のように本人であると照合できる物はないのですか?」

「一応、身分証や記録はある。でも、俺は何も持たずにこっちへ来たからな」


 財布も、免許証も、携帯電話もない。

 仮に元の家へ戻れたとしても、外見が違えば、本人確認の段階で止められる可能性が高い。


「身体に残る特徴は?」

「身体は全部作り直されてるし、昔の傷も消えてる。あっ!DNA検査……は、ダメだろうだな」

「この状況を妻に理解してもらえない限り、親族を巻き込むDNA検査なんて無理だ……」


 健康になったことを喜んでいたが、本人確認という点では不利にしかならない。


 いや……

 そもそも、こちらに来た時点で同じDNAを持つ身体なのかあやしい。


「シンジの話し方や考え方で、奥様には分かるのではありませんか?」


「分かってくれるとは思う」


 思いたい。

 長い時間を一緒に過ごした妻だ。

 声や言葉の選び方。笑う間、困った時に眉を寄せる癖。

 それらを見れば、気づいてくれるかもしれない。


「でも、気づくまでが問題なんだ」

「問題?」

「そこへ至る前に通報される」

「通報とは?」

「危険な人間がいますって、治安を守る人に知らせることだ」


「警備兵を呼ばれるのですね」

「そう」


 セレーナは、玄関の向こうへ助けを求める妻を想像したらしい。

 少しだけ目を細める。


「その場合、シンジは拘束されますか?」

「下手したらな」

「事情を説明しても?」

「二十歳の男が、五十二歳の女性へ『俺はあなたの夫です』って言うんだぞ」


 シンジは鏡の中の若い顔を指さした。


「お巡りさん、こっちです案件だろ、これ!」

「おまわりさん?」

「さっき言った、俺の世界でいう警備兵の呼称だよ」


「では、まずその方へ、ご自分が異世界で若返った経緯を説明すれば……」


「説明できる気がするか?」

「難しいと思います」

「即答!」


 セレーナは真剣だった。だからこそ、容赦がない。


「黒い沼のような物へ落ちて、本人にだけ見える板が現れて、異世界へ来て、身体が二十歳前後まで若返った」


 セレーナは指を折りながら整理する。


「その後、巡回書記官の婚約者を連れて帰ってきた、と」


「自分で聞いてても頭がおかしい」

「私は事実だと知っています」

「日本のお巡りさんは知らないんだよ」


 シンジは両手で顔を覆った。

 帰る方法どころか、帰ったあとの入口で詰んでいる。


「奥様は、シンジと同じ年齢なのですよね」

「同い年だ」


「シンジだけが若い姿で戻れば、奥様は驚かれるでしょうね」

「驚くで済めばいいけどな」


 セレーナは、鏡の中のシンジを改めて見た。


「ですが、若い夫になったことを喜ばれる可能性もあります」

「どういう意味だよ」

「そのままの意味です」


「俺は中身が五十二歳だぞ」

「奥様もご存じでしょう」

「そこじゃない」


 セレーナは首を傾げた。本気で分かっていないらしい。

 その顔を見ていると、先ほどまでの深刻さが馬鹿らしくなり、シンジは吹き出した。


「笑うところでしたか?」

「違う。違うんだけど……」


 笑い始めると止まらなかった。

 妻に会えるかも分からない。

 日本へ帰る方法さえ見つかっていない。

 

 それなのに、帰宅した瞬間に通報される心配をしている。

 順番が完全におかしい。


「まだ帰り道も見つかってないのにな」

「先の問題を考えるのは、シンジの得意なことです」

「こんな先回りはいらない」

「帰る準備の一つではありませんか?」

「そう言われると、否定しづらいな」


 笑いながら、もう一度鏡を見る。

 二十歳前後の身体。

 五十二歳の記憶。

 転移した直後は四十歳前後に見えていた身体が、傷の回復後、さらに若返り、この年齢で止まった。


「そういえば」


 シンジは笑いを収めた。


「どうして、二十歳前後なんだ?」

「身体再構成が、その年齢で完了したからではないのですか?」

「それは分かってる。でも、なんでこの年齢を選んだ?」


 視界の端にボードが開く。


【身体再構成:完了】

【外形安定:完了】

「それは何度も見た」


【今後の外形変化は、通常の成長および加齢の範囲です】

「それも聞いた」


【回答済みです】

「そういう問題じゃない!」


 ボードの表示は変わらない。どうして若返ったのか。

 どうして二十歳前後で止まったのか。

 何度聞いても、返ってくるのは結果だけだった。

 セレーナは表示を見つめ、静かに首を傾けた。


「質問が違うのかもしれません」

「違う?」

「はい」


 セレーナの瞳が、巡回書記官のものへ変わる。


「シンジが若返った理由を聞くのではなく、そうなる前に、何が起きたのかを確認しましょう」


 嫌な記憶が蘇る。

 この身体になった前と言えば……

 それはシュゼーレンの地下で、シンジが死にかけていた時期のこと。

 ボードが、静かに新しい表示を開いた。


【照会条件を確認】

【対象期間:身体再構成開始前】

【保存履歴を検索します】


ここまでお読みいただきありがとうございます。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。


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