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異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第四章 ~騎士~

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第98話 いっぱい愛してください

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。

異世界テンプレに裏切られたおっさんが、

なぜか騎士になてしまった物語をお楽しみください。



 『シンジが一人で決めないでください』

 その言葉は、朝の鐘が鳴りやんだあとも、部屋の中に残っていた。


 セレーナは、シンジの左手を両手で包んでいる。

 結婚指輪のある手。

 妻との約束を消すことなく、そのまま受け止めるように。


「でも……」


 シンジは、ようやく声を絞り出した。


「君の隣で寝ていたのに、俺は妻の夢を見た」

「はい」


「目が覚めた時、妻に会いたいと思った」

「聞きました」

「君に、申し訳ないと思った」


 セレーナの眉が、わずかに動いた。


「なぜですか?」

「なぜって……」


「夢は、シンジが選んで見たものなのですか?」

「違うけど」

「奥様を思い出すことは、私への裏切りですか?」

「そうじゃない」


「では、何に謝っているのですか?」


 また質問だ。

 だが、先ほどまでとは違う。

 逃げ道を塞ぐためではなく、シンジ自身が作った檻を壊そうとしている。


「俺が……君に対して、誠実じゃない気がしたんだ」

「奥様を忘れたふりをする方が、誠実なのですか?」


 シンジは答えられなかった。


「私の前では奥様を思い出さず、奥様の前では私を忘れたふりをするのですか?」

「そんなことはできない」


「私も、してほしくありません」


 セレーナは、はっきりと言った。

 その声に迷いはなかった。

 だが、握る指先は震えている。強いから平気なのではない。

 傷つく覚悟をして、言葉を選んでいる。


「正直に言えば……」


 セレーナは一度、息を整えた。


「奥様に会いたいと聞いて、胸が痛みました」


 シンジの手が強張る。


「やっぱり……」


「ですが」


 セレーナは、その手を逃がさなかった。


「痛かったからといって、聞かなければよかったとは思いません」

「セレーナ」


「シンジが奥様を愛していることは、最初から知っていました」


 知っていた。

 言葉としては、何度も伝えている。

 日本へ帰りたいことも、妻がいることも。

 それでも、知識として知ることと、目の前でその思いに触れることは違う。


「知っているつもりだっただけかもしれません」


 セレーナは、小さく笑った。寂しさの混じった笑顔だった。


「奥様のお話を聞いた時、私は安心したことがあります」


「安心?」


「シンジが、大切な人を簡単に捨てられない人だと分かったからです」


 思いがけない言葉だった。


「奥様を忘れて、私だけを選ぶ人だったなら」


 セレーナは、シンジの目をまっすぐに見た。


「いつか私も、同じように忘れられるかもしれません」

「そんなことは」

「しないと分かっています」


 セレーナは、少しだけ強く言った。


「それは、奥様を今も愛しているシンジだからです」


 シンジの胸の奥で、絡まっていたものが、わずかにほどけた。

 妻を愛していることが、セレーナを傷つける。


 そう思っていた。だがセレーナは、その思いまで含めて、自分を信じている。


「私は、奥様の代わりになりたいのではありません」


 静かな言葉だった。だからこそ、深く届いた。


「奥様の場所を奪いたいわけでもありません」

「でも、もし帰れたら……妻がどう思うかは分からない」

「はい」


「君を受け入れてくれるとは限らない」

「はい」


「俺たちを許してくれるとも」

「それは、奥様がお決めになることです」


 セレーナは一切迷わなかった。


「私が、きっと大丈夫だとは言えません」

「……ああ」


「シンジにも決められません」

「分かってる」


「ですが、私の気持ちは私が決められます」


 セレーナは、シンジの左手を胸元へ引き寄せた。

 指輪が、朝の光を受けて小さく輝く。


「私は、奥様を愛しているシンジを知って、あなたを好きになりました」


 目をそらさない。


「帰りたいと願うシンジに、そばにいてほしいと言いました」


 声は震えている。


「それでも、あなたの妻になりたいと答えました」


 シンジの喉が詰まる。何か言わなければと思うのに、言葉が出てこない。


「だから」


 セレーナは、ほんの少しだけ頬を赤くした。先ほどまでの強さが、不意に揺らぐ。


「奥様を愛する気持ちを、私のために小さくしないでください」

「……セレーナ」

「奥様を、いっぱい愛してください」


 胸の奥へ、温かいものが広がった。だが、セレーナの言葉はそこで終わらなかった。


「そして」


 青灰色の瞳が、わずかに泳ぐ。口元が迷い、言いかけた言葉を一度飲み込む。

 それでも、逃げずに続けた。


「私のことも……いっぱい愛してください」


 シンジの中で、何かが決壊した。

 セレーナを抱き寄せる。

 突然の動きに彼女が息を呑んだが、すぐに背中へ腕を回してきた。


「それは、都合がよすぎないか」


 肩へ顔を埋めたまま、シンジは言った。


「私が望んでいるのです」


「欲張りだな」


「シンジほどではありません」


「そこは否定してくれよ」


「事実ですので」


 声が震えていた。

 笑っているのか、泣いているのか分からない。

 たぶん、どちらもだった。


「ありがとう」


 シンジは、ようやく言えた。


「まだ、何も解決してないけど」

「はい」


「妻に会いたい気持ちも消えない」

「はい」


「君を手放す気もない」

「はい」


「それでもいいのか?」


 セレーナは身体を少し離し、シンジを見上げた。


「そこから先を、二人で考えるために婚約したのではないのですか?」


 そうだった。答えを持っていたから、手を取ったのではない。

 答えがない未来を、一人で考えないために手を取った。


「シンジ」

「うん?」

「先ほどの朝の口づけは、やり直しを求めます」


「今、この流れで?」

「口止めではないものをお願いします」


「分類、残ってたのか」


「重要な記録です」


「記録板は出してないだろ」

「私が覚えています」


 少しだけ、いつものセレーナが戻っていた。シンジは彼女の頬へ手を添える。


「今度は、何に分類される?」

「終わってから判断します」

「審査が厳しいな」

「巡回書記官ですので」


 唇を重ねた。

 謝罪でも、口止めでもない。

 妻を忘れるためでもない。

 今、目の前にいるセレーナを愛しいと思う気持ちを、そのまま伝える口づけだった。

 離れたあと、セレーナはしばらく目を閉じていた。


「判定は?」

「合格です」


 その横で、ボードが静かに表示を開いた。


【精神負荷:軽減】

【感情抑制:解除】


「お前、ずっと見てたのか」

【体調管理を継続しています】


「やっぱり裏切り者だろ」

「味方です」


 セレーナが笑った。今度はシンジも、いつもの顔で笑うことができた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


少しでも続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


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