第95話 異世界で騎士になっちゃいました
【前書き】
いつもお読みいただきありがとうございます。
異世界テンプレに裏切られたおっさんの物語をお楽しみください。
着替えを終えて一階へ下りると、マルタとルカ、それに一足先に降りていたセレーナが、すでに朝食の席についていた。
「おはようございます」
マルタが振り返り、シンジの顔を見る。
「よく眠れたかい?」
「おかげさまで」
「そりゃよかった」
マルタの口元が、にやりと上がる。
「ベッドは二つあっただろう?」
「二つありましたよ。くっついて、床に固定された状態で!」
「嘘は言ってない」
「嘘より質が悪い!」
ルカがパンを持ったまま笑っている。
「それで、朝の口づけはしたの?」
「ぶっ!」
シンジが飲みかけた水を噴きそうになった。
「何で知ってるんだ!?」
「セレーナさんが、昨日寝る前に約束したって教えてくれたから」
「いつ!?」
「シンジが着替えている間です」
隣を見る。
セレーナは何事もなかったように、朝食のパンを切っている。
「報告する必要あった!?」
「ルカが尋ねましたので」
「答えなくてもよかったんだよ!」
「では、しなかったの?」
ルカが首をかしげる。
「……しました」
「よかったね、セレーナさん」
「はい」
「しかも二回です」
「回数まで言わなくていい!」
ルカが目を丸くする。
「二回もしたの?」
「セレーナさん!?」
「聞かれましたので」
「全部答える必要はないんだよ!」
「三回目はしませんでした」
「そこまで話さなくていいからあぁ!」
マルタが腹を抱えて笑い出す。
「朝から元気だねえ!」
「誰のせいですか!」
「とりあえず、食べ終わったら奥の部屋へ来な」
「昨日言っていた正式な話ですか?」
「ああ」
マルタの表情が少しだけ真面目になる。
「今後の、あんたの立場についてだ」
◇
朝食を終えたあと、シンジとセレーナ、ルカの三人は、宿の奥にある小さな応接室へ案内された。
机の上には、一枚の厚い紙と小さな木箱が置かれている。
マルタは机の向こう側へ座り、シンジへ正面の椅子を示した。
「座りな」
「はい」
シンジが座り、セレーナとルカも隣へ腰を下ろす。
「まず、仕事の話だ」
マルタは机の上で指を組んだ。
「あんたには、ローデンの湯場を中心に、町の仕事を見てもらいたい」
「昨日話した改善計画ですね」
「それだけじゃない。湯場から始めて、必要なら宿、運搬、商い、人の流れまで見てもらう」
「ずいぶん範囲が広がりましたね」
「内政型なんだろう?」
「その呼び方、定着するんですか?」
「分かりやすくていいじゃないか」
マルタは笑い、それから声を落とした。
「ただ、今のあんたには身分がない」
「ハーヴェル商会から、外部相談役の札をもらっています」
「商会が身元を保証している証にはなる。だが、あれは商人としての立場だ」
マルタは机の紙を指で叩く。
「町の運営や施設へ口を出すなら、もう少し強い立場がいる」
「役職を与えるということですか?」
「それに近い」
マルタは木箱を開けた。
中には、小さな金属製の徽章が入っていた。
剣ではない。盾と羽根のような意匠が刻まれている。
「あんたに準騎士爵をやる」
「……はい?」
「準騎士爵だ」
「騎士ぃ!?」
シンジが勢いよく立ち上がった。
「俺、剣も魔法も使えませんよ!?」
「知ってるよ」
「馬にもまともに乗れません!」
「それも知ってる」
「戦争へ行っても、たぶん真っ先に逃げますよ!」
「行かせる気はない」
「じゃあ、何で騎士なんですか!?」
「座りな」
「はい」
シンジは素直に座った。
マルタは呆れたように鼻を鳴らす。
「私があんたの身分を保証してやるって意味だよ」
「身分を?」
「準騎士爵は、一代限りの名誉準貴族号です」
セレーナが説明を引き継いだ。
「正式な騎士爵より権限は限られ、領地や軍役を伴いません」
「剣や魔法が使えなくてもいいの?」
「はい。功績、能力、信用を認められた者へ、身分保証を兼ねて授けられることがあります」
「待遇としては騎士に近い。ただし、正式な騎士よりは一段下だ」
マルタが続ける。
「正式な騎士爵は、基本的に武功や軍務を基礎に授けられるものだからね。あんたに同じものをやるわけにはいかない」
「それで、準騎士爵」
「そういうことです」
セレーナが頷く。
「そしてローデン卿は、レグフォード辺境伯より、ローデンの運営に必要と認めた者へ、一代限りの準騎士爵を授ける権限を委ねられています」
「そんな権限まで持ってたんですか……」
シンジは改めてマルタを見る。
「女将さん、本当に偉い人だったんですね」
「昨日まで何だと思ってたんだい?」
「ちょっと偉い、湯場と宿を仕切る、怖くて腕力の強い女将さん」
「今度は反対側も張っ倒されたいのかい?」
「ローデン名誉女男爵でございます」
「よろしい」
マルタが満足そうに頷いた。
シンジは、机の上の徽章へ視線を落とす。
「一代限りの、名誉の称号か……」
どこかで聞いた仕組みに近い。
「俺の世界にも、似たようなのがあったな」
「似たものがあるのですか?」
「うん。功績を認められて騎士に叙された人が、名前の前に『サー』って敬称を付ける国があった」
「さあ?」
ルカが首をかしげる。
「……いや、今の『さあ』じゃなくて。サー」
「同じに聞こえるの」
「そうだよな」
セレーナが小さく笑った。
「こちらでは、正式な場で『シンジ卿』と呼ばれることもあります」
「やめて。背中がむずむずする」
「慣れな」
マルタは徽章を箱から取り出した。
「あんたの能力は、ローデンに必要だ」
ふざけた声ではなかった。
「物を見て、人を見る。問題を見つけても、すぐに全部を壊そうとはしない。働いている者が困らないかを先に考える」
マルタは、まっすぐシンジを見る。
「それに、あんたは自分の利益だけで動く男じゃない」
「買いかぶりすぎじゃありませんか?」
「そう思ったら、取り上げるよ」
「取り上げられるの!?」
「名誉を汚すような真似をすればね」
「急に怖くなってきた」
「怖がるくらいでちょうどいい」
マルタは立ち上がった。
シンジも、それを見て立ち上がる。
「堺井シンジ」
「はい」
マルタの表情から、先ほどまでの笑みが消えた。
声にも、宿の女将として話していた時とは違う重みが宿る。
「ローデン女男爵マルタは、レグフォード辺境伯より委ねられた権限に基づき、堺井シンジの働き、能力及び信用を認める」
応接室の空気が、静かに引き締まった。
「ここに、一代限りの名誉準貴族号として、準騎士爵を授ける」
マルタが徽章を差し出した。
「ローデンにおけるその身分と働きを、私が保証する」
シンジは、一瞬だけ迷った。
元の世界へ帰るつもりは変わっていない。
この世界に骨を埋めると決めたわけでもない。
それでも今、自分を必要だと言ってくれる人がいる。
ここで働いてよいと、立場まで用意してくれる人がいる。
隣を見る。
セレーナが静かに頷いた。
「ありがたく、お受けします」
シンジは両手で徽章を受け取った。
【身分情報を更新します】
【名誉準貴族号:準騎士爵】
【身分保証者:ローデン女男爵マルタ】
【能力タイプ:内政型】
「最後の一行いる!?」
厳かな空気が一瞬で吹き飛んだ。
セレーナは口元を押さえて笑っている。
「騎士になっても、内政型なのですね」
「騎士なんだから、少しくらい戦闘型に寄せてくれてもいいだろ!」
【戦闘能力への直接的な補正は確認されていません】
「もう一回言うな!」
マルタが笑いながら、シンジの肩を叩いた。
「私の持ってる権限で、一番いいものをやったんだ。ありがたくもらっておきな」
「はい。ありがとうございます」
「それから」
マルタは、シンジの隣に立つセレーナへ目を向けた。
そして、もう一度シンジを見る。
「ちゃんと、セレーナ様を守るんだよ。騎士様」
「そっちの意味も入ってるの!?」
「騎士なら、選んだ女を守るもんだろう?」
「こっちの世界も、その意味で使われるのかよおい!」
ルカが笑う。
セレーナは頬を赤らめながらも、シンジから目をそらさなかった。
「よろしくお願いします、シンジ卿」
「セレーナまで!」
「騎士様の方がよいですか?」
「今までどおり、シンジでお願いします!」
「分かりました、シンジ」
その呼び方に戻っただけで、シンジは少し安心した。
剣もない。
魔法もない。
馬にもまともに乗れない。
それでもシンジは、この世界で騎士と呼ばれる側になった。
町の流れを整え、人と人の間をつなぎ、問題が起きれば話し合って鎮める。
世界を救う勇者ではない。
戦場を駆ける騎士でもない。
内政型の準騎士。
どうやら、それがこの世界で与えられた、新しいシンジの肩書きらしかった。
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