↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第三章 ~場所~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

104/106

第95話 異世界で騎士になっちゃいました

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。

異世界テンプレに裏切られたおっさんの物語をお楽しみください。



 着替えを終えて一階へ下りると、マルタとルカ、それに一足先に降りていたセレーナが、すでに朝食の席についていた。


「おはようございます」


 マルタが振り返り、シンジの顔を見る。


「よく眠れたかい?」

「おかげさまで」

「そりゃよかった」


 マルタの口元が、にやりと上がる。


「ベッドは二つあっただろう?」

「二つありましたよ。くっついて、床に固定された状態で!」

「嘘は言ってない」

「嘘より質が悪い!」


 ルカがパンを持ったまま笑っている。


「それで、朝の口づけはしたの?」

「ぶっ!」


 シンジが飲みかけた水を噴きそうになった。


「何で知ってるんだ!?」

「セレーナさんが、昨日寝る前に約束したって教えてくれたから」

「いつ!?」

「シンジが着替えている間です」


 隣を見る。


 セレーナは何事もなかったように、朝食のパンを切っている。


「報告する必要あった!?」

「ルカが尋ねましたので」

「答えなくてもよかったんだよ!」

「では、しなかったの?」


 ルカが首をかしげる。


「……しました」

「よかったね、セレーナさん」

「はい」

「しかも二回です」

「回数まで言わなくていい!」


 ルカが目を丸くする。


「二回もしたの?」

「セレーナさん!?」

「聞かれましたので」

「全部答える必要はないんだよ!」

「三回目はしませんでした」

「そこまで話さなくていいからあぁ!」


 マルタが腹を抱えて笑い出す。


「朝から元気だねえ!」

「誰のせいですか!」

「とりあえず、食べ終わったら奥の部屋へ来な」

「昨日言っていた正式な話ですか?」

「ああ」


 マルタの表情が少しだけ真面目になる。


「今後の、あんたの立場についてだ」


     ◇


 朝食を終えたあと、シンジとセレーナ、ルカの三人は、宿の奥にある小さな応接室へ案内された。


 机の上には、一枚の厚い紙と小さな木箱が置かれている。


 マルタは机の向こう側へ座り、シンジへ正面の椅子を示した。


「座りな」

「はい」


 シンジが座り、セレーナとルカも隣へ腰を下ろす。


「まず、仕事の話だ」


 マルタは机の上で指を組んだ。


「あんたには、ローデンの湯場を中心に、町の仕事を見てもらいたい」

「昨日話した改善計画ですね」

「それだけじゃない。湯場から始めて、必要なら宿、運搬、商い、人の流れまで見てもらう」

「ずいぶん範囲が広がりましたね」

「内政型なんだろう?」

「その呼び方、定着するんですか?」

「分かりやすくていいじゃないか」


 マルタは笑い、それから声を落とした。


「ただ、今のあんたには身分がない」

「ハーヴェル商会から、外部相談役の札をもらっています」

「商会が身元を保証している証にはなる。だが、あれは商人としての立場だ」


 マルタは机の紙を指で叩く。


「町の運営や施設へ口を出すなら、もう少し強い立場がいる」

「役職を与えるということですか?」

「それに近い」


 マルタは木箱を開けた。


 中には、小さな金属製の徽章が入っていた。

 剣ではない。盾と羽根のような意匠が刻まれている。


「あんたに準騎士爵をやる」

「……はい?」

「準騎士爵だ」

「騎士ぃ!?」


 シンジが勢いよく立ち上がった。


「俺、剣も魔法も使えませんよ!?」

「知ってるよ」

「馬にもまともに乗れません!」

「それも知ってる」

「戦争へ行っても、たぶん真っ先に逃げますよ!」

「行かせる気はない」

「じゃあ、何で騎士なんですか!?」

「座りな」

「はい」


 シンジは素直に座った。


 マルタは呆れたように鼻を鳴らす。


「私があんたの身分を保証してやるって意味だよ」

「身分を?」

「準騎士爵は、一代限りの名誉準貴族号です」


 セレーナが説明を引き継いだ。


「正式な騎士爵より権限は限られ、領地や軍役を伴いません」

「剣や魔法が使えなくてもいいの?」

「はい。功績、能力、信用を認められた者へ、身分保証を兼ねて授けられることがあります」


「待遇としては騎士に近い。ただし、正式な騎士よりは一段下だ」


 マルタが続ける。


「正式な騎士爵は、基本的に武功や軍務を基礎に授けられるものだからね。あんたに同じものをやるわけにはいかない」

「それで、準騎士爵」

「そういうことです」


 セレーナが頷く。


「そしてローデン卿は、レグフォード辺境伯より、ローデンの運営に必要と認めた者へ、一代限りの準騎士爵を授ける権限を委ねられています」

「そんな権限まで持ってたんですか……」


 シンジは改めてマルタを見る。


「女将さん、本当に偉い人だったんですね」

「昨日まで何だと思ってたんだい?」

「ちょっと偉い、湯場と宿を仕切る、怖くて腕力の強い女将さん」

「今度は反対側も張っ倒されたいのかい?」

「ローデン名誉女男爵でございます」

「よろしい」


 マルタが満足そうに頷いた。


 シンジは、机の上の徽章へ視線を落とす。


「一代限りの、名誉の称号か……」


 どこかで聞いた仕組みに近い。


「俺の世界にも、似たようなのがあったな」

「似たものがあるのですか?」

「うん。功績を認められて騎士に叙された人が、名前の前に『サー』って敬称を付ける国があった」

「さあ?」


 ルカが首をかしげる。


「……いや、今の『さあ』じゃなくて。サー」

「同じに聞こえるの」

「そうだよな」


 セレーナが小さく笑った。


「こちらでは、正式な場で『シンジ卿』と呼ばれることもあります」

「やめて。背中がむずむずする」

「慣れな」


 マルタは徽章を箱から取り出した。


「あんたの能力は、ローデンに必要だ」


 ふざけた声ではなかった。


「物を見て、人を見る。問題を見つけても、すぐに全部を壊そうとはしない。働いている者が困らないかを先に考える」


 マルタは、まっすぐシンジを見る。


「それに、あんたは自分の利益だけで動く男じゃない」

「買いかぶりすぎじゃありませんか?」

「そう思ったら、取り上げるよ」

「取り上げられるの!?」

「名誉を汚すような真似をすればね」

「急に怖くなってきた」

「怖がるくらいでちょうどいい」


 マルタは立ち上がった。


 シンジも、それを見て立ち上がる。


「堺井シンジ」

「はい」


 マルタの表情から、先ほどまでの笑みが消えた。


 声にも、宿の女将として話していた時とは違う重みが宿る。


「ローデン女男爵マルタは、レグフォード辺境伯より委ねられた権限に基づき、堺井シンジの働き、能力及び信用を認める」


 応接室の空気が、静かに引き締まった。


「ここに、一代限りの名誉準貴族号として、準騎士爵を授ける」


 マルタが徽章を差し出した。


「ローデンにおけるその身分と働きを、私が保証する」


 シンジは、一瞬だけ迷った。


 元の世界へ帰るつもりは変わっていない。

 この世界に骨を埋めると決めたわけでもない。


 それでも今、自分を必要だと言ってくれる人がいる。

 ここで働いてよいと、立場まで用意してくれる人がいる。


 隣を見る。


 セレーナが静かに頷いた。


「ありがたく、お受けします」


 シンジは両手で徽章を受け取った。


【身分情報を更新します】

【名誉準貴族号:準騎士爵】

【身分保証者:ローデン女男爵マルタ】

【能力タイプ:内政型】


「最後の一行いる!?」


 厳かな空気が一瞬で吹き飛んだ。


 セレーナは口元を押さえて笑っている。


「騎士になっても、内政型なのですね」

「騎士なんだから、少しくらい戦闘型に寄せてくれてもいいだろ!」

【戦闘能力への直接的な補正は確認されていません】

「もう一回言うな!」


 マルタが笑いながら、シンジの肩を叩いた。


「私の持ってる権限で、一番いいものをやったんだ。ありがたくもらっておきな」

「はい。ありがとうございます」

「それから」


 マルタは、シンジの隣に立つセレーナへ目を向けた。


 そして、もう一度シンジを見る。


「ちゃんと、セレーナ様を守るんだよ。騎士様」

「そっちの意味も入ってるの!?」

「騎士なら、選んだ女を守るもんだろう?」

「こっちの世界も、その意味で使われるのかよおい!」


 ルカが笑う。


 セレーナは頬を赤らめながらも、シンジから目をそらさなかった。


「よろしくお願いします、シンジ卿」

「セレーナまで!」

「騎士様の方がよいですか?」

「今までどおり、シンジでお願いします!」

「分かりました、シンジ」


 その呼び方に戻っただけで、シンジは少し安心した。


 剣もない。

 魔法もない。

 馬にもまともに乗れない。


 それでもシンジは、この世界で騎士と呼ばれる側になった。


 町の流れを整え、人と人の間をつなぎ、問題が起きれば話し合って鎮める。


 世界を救う勇者ではない。

 戦場を駆ける騎士でもない。


 内政型の準騎士。


 どうやら、それがこの世界で与えられた、新しいシンジの肩書きらしかった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


少しでも続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。