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異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第三章 ~場所~

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第94話 朝は二回ですか?

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。




 目を開けた時、シンジは自分がどこにいるのか、すぐには分からなかった。


 見慣れない天井。

 窓から差し込む薄い朝日。

 すぐ隣から聞こえる、静かな呼吸。


 そこまで確認して、昨夜の出来事が一気に戻ってきた。


 ローデンの宿。

 二人で一つの部屋。

 隙間なく並べられた二台のベッド。

 女将が用意した寝着。

 身体を寄せてきたセレーナ。

 眠る前の口づけ。


「……そうだった」


 小さく呟く。


 身体が妙に軽い。

 シュゼーレンで負った怪我の痛みが消えたわけではないが、旅の疲れや、昨日まで身体の奥へ溜まっていた重さがずいぶん薄くなっている。


 視界の左端で、半透明のボードが開いた。


【休息補助を終了します】

【疲労回復:良好】

【保留されていた疲労負荷の一部を解消しました】


「本当に効いたんだな」

「きちんと回復できたようですね」

「うわっ!」


 不意にすぐ横から声がして、シンジは肩を跳ねさせた。


 隣を見る。


 セレーナはすでに目を覚ましていた。

 枕へ頬を預けたまま、ボードの表示を見ている。


 二つの寝台の境目は越えていない。

 だが、その顔は手を伸ばせばすぐに触れられるほど近かった。


「起きてたの?」

「少し前に」

「声をかけてくれればよかったのに」

「よく眠っていたので」


 セレーナは改めて表示を確認した。


「保留されていた疲労も、一部解消されています」

「うん。身体がかなり楽だ」

「それなら、よかったです」


 朝日の中で、セレーナが柔らかく微笑む。


 薄青色の寝着。

 少し乱れた髪。

 まだ眠たそうな目。


 昨夜とは違う意味で、心臓に悪い。


【心拍数上昇】


「朝から余計な仕事しなくていい」

「シンジ」

「何?」

「また上がっています」

「そこは読まなくていいから」

「私を見てから上がりました」

「原因まで分析しなくていい」


 セレーナが小さく笑う。


 シンジも苦笑しながら、布団の中で少し身体を起こした。


「よく眠れた?」

「はい」

「それならよかった」


 セレーナも上半身を起こす。


「ですが」

「うん?」

「夜中に、一度だけ目を覚ましました」

「何かあった?」

「シンジの手が、こちらへ来ていました」

「俺の?」


 セレーナが布団の中から片手を出し、二つの寝台の境目、その少し向こうを指した。


「この辺りです」

「触った?」

「はい」

「悪かったな。寝てる間のこととはいえ――」

「違います」


 セレーナは頬を少し赤くした。


「私が、握りました」

「……え?」

「シンジの手を見つけたので、そのまま握りました」


 セレーナは自分の指先へ視線を落とす。


「朝まで、ずっと……」


 少し恥ずかしそうな声だった。


 シンジは数秒、何も言わなかった。


 夜中に目を覚ましたセレーナが、自分の手を見つけた。

 元の場所へ戻すのでも、避けるのでもなく。


 自分から握って、そのまま眠った。


「い、今のは、忘れてください」

「無理だな」

「忘れてください!」

「そんな可愛いこと聞かされて、忘れられるわけないだろ」

「シンジ?」


 セレーナが顔を上げた。


 その顔を見た瞬間。


 シンジはもう一度思った。


 可愛い。


 昨夜、自分から寄り添ってきた時もそうだった。

 けれど、朝の光の中で恥ずかしそうに自分の手を握っていたと告白する姿は、少しばかり破壊力が高すぎた。


 シンジはセレーナの身体を引き寄せた。


「えっ」


 驚いたセレーナが小さく息を呑む。


 シンジはその表情を間近で見てから、迷わず唇を重ねた。


 昨夜よりも長い口づけだった。


 最初は驚いて身体を硬くしたセレーナも、すぐに目を閉じる。


 シンジの寝着を握った指から、少しずつ力が抜けていった。


 急がない。

 深く求めすぎない。


 ただ、昨夜より少しだけ近く。


 朝まで手を握っていてくれたことへの答えを返すように、ゆっくりと唇を重ねる。


 やがてシンジが離れた。


 セレーナは目を閉じたままだった。

 頬を赤く染め、シンジの腕の中で動かない。


「セレーナ?」

「……」

「セレーナさん?」

「は、はい!」


 ようやく目を開く。


「驚かせたかな?」

「はい……少し」

「嫌だった?」


 セレーナはすぐに首を横へ振った。


「嫌ではありません」

「ならよかった」

「その……いきなりでしたので、頭が真っ白になったというか……」


 言葉を探すたびに、顔が赤くなっていく。


「セレーナが可愛すぎて、したくなった」

「かわ……」

「昨夜、朝もしたいって言ってたしな」

「そ、それは言いました」

「だから、遠慮しなかった」


 セレーナは恥ずかしそうに唇を結んだあと、小さく言った。


「シンジがしたい時に、すれば……いいです」


 今度はシンジが目を瞬いた。


「本当に?」

「はい。ただ、まだ慣れていないので、驚くことはあると思います」

「それは仕方ない」

「でも……」


 セレーナは少しだけ視線を逸らした。


「シンジに口づけされるのは、嬉しいです」

「可愛い!」

「えっ」

「なんだ、この可愛い生き物は!」

「シンジ、私は人間です!」

「分かってる。でも、可愛すぎる!」


 思わず声を上げたシンジに、セレーナは真っ赤な顔で抗議する。


「朝から声が大きいです!」

「悪い。でも今のは無理だ」

「静かに受け止めてください」

「それができたら苦労しない」


 シンジは笑いながら、もう一度セレーナを抱き寄せた。


「そんなこと言われたら、もう一回したくなる」

「えっ」

「嫌?」

「……嫌ではありません」

「じゃあ、もう一回」


 今度はセレーナも、何をされるのか分かっていた。


 シンジが顔を近づけると、恥ずかしそうにしながらも自分から目を閉じる。


 二度目の口づけ。


 先ほどよりは短く。


 けれど互いの気持ちを確かめるように、ゆっくりと唇を重ねた。


 離れたあと、セレーナは赤い顔のままシンジを見つめる。


「あ、朝の口づけは、二回する決まりなのでしょうか?」

「いや。そんな決まりはないよ」

「では、なぜ二回……」

「したかったから」

「その……シンジは、二回したかったのですか?」

「うん」


 即答した。


「それだけ」

「……そうなのですね」


 セレーナが自分の唇へ指を触れる。


「ちなみに」

「はい?」

「三回目もしたい」

「さ、三回目!?」

「でも、たぶん三回目をしたら、今度は唇を離したくなくなるから」


 セレーナの目が大きく開いた。


「今朝は、これで終わりにしよう」

「唇を離さない!?」

「ああ、いや。ずっとくっついたままって意味じゃない」

「そ、そうなのですか?」

「もっと口づけていたくなるって意味」

「ああ……はい。そうですね!」


 分かったのか分かっていないのか、セレーナが何度も頷く。


 シンジは思わず笑った。


「でも、セレーナ」

「はい」

「嫌な時はちゃんと言ってくれよ」

「はい」

「驚いた時も。嫌なら離れていいし、止めてほしかったら止める」

「分かりました」

「そこだけ約束な」

「はい。約束します」


 セレーナは少し安心したように微笑んだ。


 そして、もう一度自分の唇へ指を触れる。


「朝の口づけは、思っていたより……すごいのですね」

「それ、煽ってる?」

「煽る?」

「……分からないならいいです」

「また敬語になっています」

「だって、それ以上そんなこと言われると、三回目したくなるから」


 セレーナが目を瞬いた。


「してはいけないのですか?」

「逆。したいから困ってる」

「困るのですか?」

「このまま続けたら、朝飯に降りるのが遅くなる」


 セレーナが、くすりと笑った。


「では、今日は二回までですね」

「回数を決めるものでもないけどな」

「そうなのですか?」

「したくなった時にする。それでいいだろ」

「はい」


 セレーナは少し考え、それから尋ねた。


「では、明日の朝も二回ですか?」


 シンジは思わず笑った。


「だから、回数を予約するものじゃないって」

「ですが、今朝は二回でした」

「明日の朝になって、またしたくなったらするよ」

「シンジが?」

「俺も。セレーナも」


 セレーナは納得したように頷いた。


「分かりました」

「それと」

「はい?」

「今みたいに『明日も二回ですか』なんて聞かれると、俺はまたしたくなる」

「……それが、煽るということですか?」

「そういうこと。本人にその気がないのが一番困る」


 セレーナは自分の言葉を振り返るように、少し考えた。


「では、気をつけます」

「いや、それはそれで寂しいから、そのままでいい」

「どちらなのですか?」

「俺にも分からなくなってきた」


 セレーナが声を上げて笑った。


【休息後の精神状態:極めて良好】


「ボード、おまえは黙ってろ」


 朝の光の中で、セレーナはまだ楽しそうに笑っていた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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