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番外編10 懐かしい人【sideマティルデ】

「陛下。お時間です」


 会議の開始を知らせるカーチャの声に私は書類から顔を上げた。


 今日からいよいよ、念願の事業が開始する。

 少女の頃からの夢、最新式のダム建設の計画が始まるのだ。


 手始めに行われるのは、エッケハルディン侯爵領ヴァイマル川のダム建設だ。


 かつてのグリフ領は、エッケハルディン領に吸収されお父さまが統治している。

 あの大災害をもたらした川が二度と悲劇を起こさぬよう、水量管理できるようにするのだ。


 今日はそれに携わる各建設業のギルド長、材料を仕入れる商業ギルド長、そして領主のお父さま、土木事業の有識者、研究者、大学教授などのチームの初顔合わせだ。


 私が会議室に入ると、みな一斉に立ち上がり頭を下げる。


「楽にしてちょうだい」


 会議が始まると、まず今回のダム建設を推進する官僚の次官が、円卓に座る人物たちを紹介する。

 順番に顔ぶれを確認していると懐かしい人と目があった。


「……そしてロレーヌ大学教授、ハインリヒ・ルイトポルト伯爵です」





 会議が終わるとカーチャに彼を談話室に案内するように頼んだ。


 現れた彼は、コツコツと杖をつきながら側に来て、ひざまずく。


「マティルデ女王陛下。お懐かしゅうございます。お呼びいただき光栄です」


「……やめてちょうだい。ここは公式な場ではない。敬語はいらないわ」


「…まことに?」


「ええ」


「後で不敬罪で首をおはねになりませんか?」


「ふふふ。はねないわよ」



「……久しぶりだね。ティルデ……って流石に呼び捨ては不味いな。マティルデ様」


 そう言って優しい笑顔で目じりを下げるのは、元グリフ伯爵家令息ハインリヒ様だった。




 侍女が用意してくれたお茶を前に、懐かしいおしゃべりが始まった。


「こうして二人でお茶をしていると、グリフ家の屋敷のサンルームを思い出すわね」


「……まずは謝罪をさせて下さい。フェルが…我が愚弟がマティルデ様とエッケハルディン侯爵家に多大なるご迷惑をおかけいたしまして、まことに申し訳ありませんでした」


 立ち上がって頭を下げるハインリヒ様。


「ハインリヒ様のせいではありませんわ。私とフェルディナント様とは縁が無かったのです。もう、10年前以上、昔のことです」


「それでも……! にもかかわらず、エッケハルディン侯爵様には私どもに数々の援助をしていただき、まことに感謝の念に堪えません」


「わたくしにとってお二人は大恩ある方ですもの。父は当然のことをしたまでよ」


「そのお陰で今の私があります」


「……あれからどうしていたの?」


 きっと楽な生活ではなかっただろう。


 ふううっと息を吐き、椅子に腰かけたハインリヒ様は、ゆっくりと話し始めた。


「エッケハルディン侯爵が、王都にアパートメントを用意して匿って下さったんだ。私たちは戦争の原因となったあの『駆け落ち騎士』の家族だからね。いつ民衆につるし上げられてもおかしくはなかったから」


 父が二人を匿った直後、民衆がグリフ家のタウンハウスを襲い、屋敷を荒らし略奪、最終的に火まで放たれたと聞いた。


「終戦後、エッケハルディン侯爵が私にロレーヌ大学の講師の仕事を紹介して下さったんだ。そのお陰で飢え死にせずにすんだよ」


 戦犯の責任を取らせるためにグリフ伯爵家は男爵に降爵、領地も取り上げた。

 領地が無ければ税収がないので彼らは働くしかなかった。


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