番外編09 元王女の娘の始末【sideマックス】
執務室で書類にサインを続けるクロノス陛下に声をかけた。
「アンナ嬢を修道院に送りました」
「ん。ご苦労」
「……」
「聖ステラテラ公国のエステリーヤ修道院ってどういう所なんですか?」
「ん?」
「アンナ嬢が送られた修道院です」
「……」
「確かに私が侮ってました。まさかマティルデ女王がゾフィー王女の目をつぶして、子どもを産めなくするなんて…」
「子を守るため鬼になるって言ったろ? これで『王家の色』の瞳を持たない、子も産めない。そんな女なぞ、旗頭にはなれない」
「そこまでやった女王が、ただの修道院にアンナ嬢を送るとは思えなくて…」
「聖ステラテラ公国が、どこにあるか知っているか?」
「はい。エラウエア海に浮かぶ島国。スティーリャ教の信者以外の入国を認めていない宗教国家ですよね」
「スティーリャ教の教えを厳格に守っていることも、知っているよな」
「はい。スティーリャ教を信仰する国は数々ありますけど、聖ステラテラ公国は聖書が法律で、国民には非常に厳しい戒律を守ることが義務づけられていると聞いています」
「スティーリャ教の禁忌は知っているか?」
「禁忌ですか? え~っと強欲、色欲、金銭欲…」
「色々あるが、姦通、男色には特に厳しい」
「姦通って…!」
「そうだな。アンナは姦通で生まれた子だ」
彼女の両親は二人共、正式な婚約者がいた。
フェルディナントにはマティルデ陛下。
元王女にはクロノス陛下。
「聖ステラテラ公国は王族の子の墓場と呼ばれている。どんな王族の子かといえば、政権争いに敗れた王族の子どもたちの墓場だ」
そんな話、初めて聞いた。
「ひとつ男性修道院の話をしてやる。そこに放り込まれた元王族男児は思春期まで徹底的にスティーリャ教の教義を教え込まれる。まぁ、洗脳だな。そうやって立派なガチガチのスティーリャ教徒になったところで、先輩教徒がそいつをレイプするんだ」
「ひゅっ」
喉がなってしまった。
「そして『お前は男色の禁忌をおかした』と責めたてるんだよ。
『いや、自分は襲われたんだ』と反論してくれば『だがお前も気持ち良かったんだろう?』って。『いや気持ち良くなかった』と言っても『本当に?少しも?』と何度でも責めてくる。
そうすると最後には『少し気持ち良かった』と答えてしまう。当たり前なのになぁ~物理的に刺激を与えれば気持ち良くなるのは」
「お前は男色を楽しんだ。気持ち良くなったのはお前の心が汚れているからだ。お前は神の仕える資格がない堕落者だ。お前の心には悪魔がいるんだ。そう言って責め立ててそれを何度も繰り返して……自己肯定感を破壊するんだ。
そんなヤツが成長すればどうなるか。『いくら血筋とはいえ、私のような愚かな人間が王になどなれるはずがない。こんな罪深い人間は、神に一生許しを乞い続けて、生きねばならない』と思い込んでいる立派な修道士に出来上がるってわけさ」
絶句以外に言葉がない。
「俺も一歩間違えれば、兄上に放り込まれるところだったんだぞ。全ての要求に従順に従っていたから免れたが…
立派な修道士にするという大義名分のもと、聖ステラテラ公国は各国のそんな王族の子を受け入れて、金を貰っているから裕福なんだ。どの国もあそこを攻めようとは思わないし、完全な中立国として成立している」
「そんな……いっそ殺してやった方がその子のためだし、簡単じゃないですか」
「まぁな。だが、安易に処刑をすると恨みが残る。親を殺されれば子が、その子が殺されればその子の子が、子々孫々の恨みを買うと復讐がアイデンティティーのような怪物を生んでしまうから怖いんだよ。一番問題なく潰せるのは、本人が気持ち良く諦めている事。そうなると恨みの連鎖は起こらない。だから聖ステラテラ公国は今だにある」
なんて恐ろしい。俺は権力者なんかになりたくない。
「女の方はそんな方法じゃないが、アンナは生まれながら禁忌をおかしているからそこを詰められるだろうな」
彼女にはどうしようもない事なのに。かわいそうに。
「そうでしょうね」
そこにマティルデ女王陛下がやってきた。
「マックス。アンナのお見送りご苦労様」
「はっ」
マティルデ女王の言葉に、きっちりひざまずいて礼をする。
「女王として火種になるあの子をそのままには出来なかった。でも殺すには忍びなかったの」
そうか? 殺してやった方が幸せだったんじゃないか?
「不満そうねマックス」
「…いえ」
「でもこうやって彼女は生き延びた。生きているなら、あの子にも何かしら役目があるはずだわ」
そうなのだろうか。
国交のない島国に閉じ込められ、宗教で雁字搦めにされたアンナ嬢に救いはあるのか。
その時は女王の采配に不満を感じていたが、その40年後。
アンナ嬢がスティーリャ教女性初の枢機卿まで上り詰めたと聞いて、人間とはしぶとい生き物だなと改めて感心した。




