番外編05 そして土に還る【sideフェルディナント】
その日、初めて護衛の仕事を受けた。
隣国まで商品を運ぶ荷馬車の護衛で、3台の馬車で山越えをするらしい。
5日間の行程で、途中に山賊が出ると噂になっている峠があるとかで、6人の護衛が雇われた。
旅は順調だった。
裕福な商人の荷だったようで、野営でも充分な食事が出たし、天気にも恵まれた。
例の峠でも何事もなく、順調に山を登り切り、あとは下り坂だという時にそれは起こった。
切り立った狭い山道にさしかかったところで、上から矢で攻撃される。
それが荷馬車を引く馬に当たり、馬が暴れ、荷が崩れ始める。
「荷を守れ!」
商隊のリーダーの声でみな荷馬車を背に円陣を組むと、山頂から10人ほどの薄汚れた大柄な男たちが滑り降りてきた。
手には錆びた剣やこん棒を持っている。
応戦をし、二人を切り捨てる。
「ちっ!」
鍛錬はしているが、実戦訓練は相手がいなくて出来ていない。
身体が重い。
剣にキレがない。
それはそうだ。
現役…近衛騎士を辞めてから7年以上たっているんだから。
何とかさらに二人始末する。
他の護衛たちは手こずっているようで、まだ応戦中だ。
援護しようと前に出たら、そこに鉄のこん棒を振り回す男が現れた。
真っ黒に薄汚れた肌に異臭を放つ大男。
ブン!ブン!
山賊のリーダーのようで攻撃が正確だ。
身をかわし避けるが、三度目の攻撃がかわし切れなかった。
とっさにこん棒を剣で受けてしまう。
パキン!
安物の剣はあっさり真っ二つに折れた。
「くっ!」
大失態だ。
剣を捨て、体術で戦う。
足を払って倒し、抑え込むがウエイトが違うから苦戦する。
首を絞めようとしたが、鉄の大きな首輪をしていて腕が回らない。
仕方ないから崖下に突き落とすことにした。
顔を殴り、腹を崖に向かって蹴りつける。
すると山賊は俺の足をつかんできた。
「うわっ!」
俺まで崖に落とされそうになって必死に地面に手を伸ばすが、そのまま引きずられる。
山賊の手が俺のふくらはぎからすべりそのまま靴をつかむが、その靴がぬげる。
「うわあああああああ」
山賊が悲鳴を上げながら崖下に落ちて行った。
安堵のため息を吐くが、かろうじて指で縁に掴まっているだけで、俺の身体は崖にぶらさがっている状態だ。
何とか這い上がろうとするが、足場がないため、手の力だけではどうにもならない。
「助け……」
ガキン!
ガキン!
ガキン!
助けを呼ぼうとするが、まだ剣戟は続いている。
「誰か…」
そうやって崖にしがみついて見る光景に……
かつての記憶がよみがえる……
『兄上助けて!』
暖かな領地の春の午後。
両親と兄上と行ったピクニック。
幸せを絵にかいたようなその日を、悲劇で塗りつぶしたのは愚かな俺。
無謀な俺を助けようとして大ケガをした兄上。
あの時、俺が兄上に助けを求めたりしなければ……!
「……兄上…」
きっと俺の過ちはあの日から始まったんだ。
あのまま俺が落ちていたら、大ケガをしていたのは俺で、後継者は兄上のままだった。
そうして兄上はマティルデと結婚して、優秀な二人の力でグリフ領はますます発展したことだろう。
足が不自由になった俺は近衛騎士になんてなってないし、王女と出奔することも無なかったし、
「戦争も起こらなかった……!」
たくさんの人が死ぬこともなかった。
「ふっ……」
涙が頬を濡らす。
指がぶるぶると震える。
剣戟はまだ続いている。
もう掴まっていられない。
ずるりと指がすべった。
一瞬、身体が宙に浮く。
周囲に風を感じてすぐ、ガン、ガン、ガンと何度も身体に衝撃がかかる。
俺は木偶人形のように振り回されるがままだ。
不思議と痛くなかった。
目に映るのは青い空。
その柔らかな陽射しを見て思い出すのは、グリフ領の屋敷にあるお気に入りのサンルーム。
ガラス越しに浮かぶ冬咲きの花々を背景に、テーブルに腰かけるのは、大輪の花のように美しい13才のマティルデと、優しそうに微笑む兄上。
『おかえり。ずいぶんと身長が伸びたねぇ。父上と変わらないんじゃないか?』
『フェルディナント様もとても立派になられました』
あぁ、あの日に帰りたい。
ガツン!!
大きな音をたてて、ようやく身体が止まった。
「カハッ!」
口から大量に血が噴き出す。
「は、は……足ど…ころ…じゃな……いな」
身体が全く動かせない。
全身の骨が折れたのだろう。
崖の上から声が聞こえた。
「おいみんな怪我はしていないか?」
「ちょっと切られただけで大丈夫です!」
「積み荷は無事か?」
「問題ありません」
「え~っと1,2,3,4,5……あれ? 護衛は6人雇ってなかったか?」
「全員いますよ! 次の野営地までに陽が暮れちまいます! さっさと出発しましょう!」
そうしてガラガラと荷馬車が進む音がした。
俺を置いてみんな行ってしまう。
誰も俺のことなど気にせずに行ってしまう。
悲しくはなかった。
ただ大きな孤独感だけが、俺を飲み込もうとしていた
結局、俺は誰も幸せに出来なかった。
マティルデも。
王女も。
娘も。
家族も。
領民も。
そして自分自身も。




