番外編04 マティルデが王室病だったなんて【sideフェルディナント】
その夜、夜が明けきる前に農場を出た。
男ひとりなら、なんとでも生きていける。
数枚の着替えと水筒だけをいれた袋を背負い、手ぶらで道を歩く。
「軽いな」
王女と旅をしていた時は、王女の着替え、毛布、野宿用の鍋に皿、干し肉に豆、虫よけの薬……結構な重さの荷物を背負って歩いていた。
だから軽すぎて心もとないというか、何か忘れ物をしたような……
そんな不安を抱えたまま西へと歩き始めた。
10日ほど歩くと山岳都市ガリスに着いた。
隣国への山越えの窓口で、商人たちでにぎわう貿易都市だ。
広い道路には荷車や馬車が引っ切り無しに走り、歩道には立ったまま商談をする男たちの声がガヤガヤと響く。
早速商業ギルドで戸籍を出し、身分証明書を作ってもらう。
そして手続きの合い間に仕事も探す。
わずかに貯めていた金は王女の元に置いてきたから、今日の宿代すらない。
ギルドの掲示板に貼られていた仕事依頼の紙から、明日の荷運びの仕事を選び申し込んだ。
今日は路上で寝て、明日は金を稼いで腹いっぱいメシが食いたい。
力仕事を3カ月ほど真面目にこなすと金も貯まったので、小さな部屋を借りることにした。
共同の風呂場もあったから、身なりも整えられるようになり、ようやく落ち着いた生活を送れるようになった。
武器屋で安い中古の剣を買い、皮の防具を手に入れたので、これからは護衛の仕事を受けていこうと思う。
晩メシはいつも隣の酒場で食う。
今日はエールと羊肉の煮込みと黒パンだ。
エールで喉を潤しながら、ぼんやりと店内を見渡す。
酔った男たちと派手なドレスを着た娼婦が、流しのバイオリンの演奏に合わせて、手を取り合って踊っている。
周りの客も歌いながら合いの手を入れ、盛り上がっている。
「「「戦争を起こしたのは、だあれ?」」」
「「「1番最初に逃げたのは、だあれ?」」」
娼婦が大声で答える。
「それは王女! ゾフィー王女!」
「「「ゾフィー王女と逃げたのは、だあれ?」」」
「それは近衛騎士! フェルディナント!」
今度は酔った男が叫んだ。
そのフェルディナントがここにいるなんて、奴らは思いもしないだろう。
焼けて真っ黒になった肌、傷んでパサつき白っぽくなった金髪。
農作業に必要な筋肉は残っているが、胸板は薄くなり、身体はひとまわり小さくなった。
こんな男が元近衛騎士など、伯爵令息などと誰も思わないだろう。
紫の瞳の王女が側にいなければ、駆け落ちの片割れなどと誰も気が付かない。
さっさと店を出ようと、エールを飲み干していると、棚に置かれた酒のボトルの下にひかれた新聞紙の文字が目に入った。
近づいてそれを手に取る。
半年前の新聞だった。
「ノルトハルム女王。第3子出産」
隣国の王子の誕生なので、それほど大きな記事ではなかった。
だが、最新の写真付きの記事で、そこには子を抱き微笑むマティルデの姿が写っていた。
「マティルデ……」
変わらず…いや、もっと美しくなった。
「これが首狩り公爵…」
マティルデの背後には幼女を抱いた大男が寄り添っていた。
なかなかの美丈夫だが、曲者そうだ。
記事を読み進めると、マティルデを称える言葉が続く中、嫌な単語が目に入る。
「王室病…」
ゾフィー王女が罹患した不治の病。
出国のきっかけとなった死病。
「第3子のルドルフ王子の容姿も他のお子様同様、『王家の色』ではなかったため、関係者は胸をなでおろしている。『王家の色』の容姿を持つということは、王家の血が濃いということ。王家の血が濃いということは、王室病になる確率が高いということだ。特にアンデクス国との戦時中、王室病を発病し、死の寸前で王配陛下に救われたマティルデ女王は、殊の外ご安心されたようだ」
マティルデが王室病に?
しかもアンデクスとの戦争中に?
「死の寸前って……」
俺が国境の街ドーナで王女の看病をしていた頃?
「ははっ!最低じゃないか!」
婚約者が死にそうだったのに側にいず、ただの護衛対象だった王女の看病を必死にやっていたなんて。
俺はどうして想像できなかったのだろう。
紫の瞳を持つ王女が罹患したのなら、それに銀髪まで持つさらに血の濃いマティルデが罹患する可能性が高いに決まっているじゃないか!
あの歌、変な歌詞だなと思っていたんだ。
女王を救ったのは、だあれ?
国を思い悲しんだまま。
その身は死にやつれたまま。
そんな女王を愛で世に戻したのは、だあれ?
それは王配陛下。
クロノス陛下。
「本当に情けない……」
マティルデ、本当に悪かった。
ごめん。
君を悲しませてまで守った王女も、結局最後まで守り切れなかった。




