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番外編03 王女と出会わなければ【sideフェルディナント】

 気が付けばアンナは6才になっていた。


 幼児の死亡率は高い。

 だがここまで成長したし、俺たちはそろそろこの農場を出てもいいのではないかと思う。

 幸い戸籍の登録もできたし、護衛の仕事にも就けるはずだ。



 食事を終え、食器を台所まで運ぶ。


 この6年で王女も料理を覚えた。

 初めは食えたもんじゃなかったが、今はまぁそれなりに食える。



 外に出て、夜風に吹かれながら煙草をふかす。

 今の俺の唯一の楽しみだ。


 ふと月明かりにうかぶ自分の手を見る。

 節だらけでゴツゴツしていて、豆だらけ、爪には土が詰まり、指先は黒く染まっていた。

 すっかり農民の手だ。

 1日中、陽に当たっているせいで、顔も黒く、髪も白っぽい金髪になった。


「これじゃもう誰も俺だと分からないかもな」




 そこに家の影から話し声が聞こえた。


 王女?


 声の主は王女のようだが、その体型は……


 浮かび上がるシルエットは農夫の妻そのもの。

 アンナを産んでから王女はどんどんふくよかになり、今は労働に耐えうる健康な身体になった。


 ここ数年、まともに王女を見ていなかったから、こんな姿だったのかと改めて思う。

 顔つきも王に手籠めにされるくらい美しかった母親に似てきたようで、農場内の男共にも人気がある。



 俺はあの日以来、王女を抱いていない。


 性欲はあるのにその気になれなかった。

 外では「妻」だと言っているが、どう考えても彼女をそんな風に思えなかった。




「…で……だろう」


 話し相手は男のようだった。

 男の姿が見える場所まで、息をひそめて移動する。


 それは農場主の息子マルコスだった。


 じっと耳をすます。



「君はこんなところにいるような女性じゃない」


「…でも……」


「君はこんなに魅力的なんだ。どうか僕の側に来て欲しい」


「あたしには夫と子どもがいるわ」


「あんなでくの坊! 君を全く幸せにできていないじゃないか!」


「…でも、マルコスにも奥さんと子どもがいるじゃない」


「アレとはもう終わっているんだよ。子どもは母さんに懐いているから大丈夫だ」


「……」


「南のあき地に小さな家を建てさせたんだ。娘とそこを住めばいい。こんなボロ長屋は君にふさわしくないよ」



 いったい何の茶番を見せられているんだろう。




 家に戻って椅子に腰かけていると、王女も戻ってきて対面の椅子に座った。

 沈黙が続く中、すーすーとアンナの寝息だけが聞こえてくる。


「……あたしたち、別々に暮らした方がいいと思うの」


 王女が会話の口火を切った。


「どうしてそう思った」


「あたしといてもフェルはちっとも幸せそうじゃないもの」


「…ふーん。で、俺と別れて別の男に乗り換えると?」


「!」


 王女が驚いた表情で俺を見る。



 ゆらゆらとゆれる蝋燭に浮かぶ、日焼けした茶色い肌、傷んだ赤毛、王女もすっかり農民の女だ。

 きっと蒼白になっているんだろうが、その肌色じゃ分からないな。




「悪い? だってもう我慢できないのよ!」


 王女は立ち上がって声を荒げはじめた。


「この6年間、必死にフェルの良い奥さんになろうとした! 仕事も一生懸命にして、料理も覚えて、アンナを必死に育てて……毎日、毎日、毎日、毎日! フェルに笑顔で微笑みかけて話しかけて……」


 王女の紫の瞳からだらだらと涙が流れる。


「でも貴方は何も返してくれなかった! いつも不機嫌そうで、アンナにも素っ気なくて」


「疲れていたんだ! 真面目に仕事はして養ってやっただろう!?」


「それだけ! それだけしかしてくれなかった!」


 思わずカッとなり頭に血がのぼる。




 お前がそれを言うのか!




 その『それだけ』がどれほど大変だったか!

 プライドを捨て、心と身を削り、不安に押しつぶされそうになりながらも、必死にお前らを食わしてきたんだぞ!


「結局ここまでしても、フェルはあたしを『好き』になってくれなかった!」 


「戸籍ができたのに、結婚もしてくれなかった……!」


「……」


「あたしのせいでフェルを縛り付けた自覚があったから、必死にフェルのご機嫌をとって、必死につくしたわ…この6年間! 

 でもフェルといると毎日責められているようで辛かった。フェルの不機嫌そうな顔を見ると『お前のせいで全てを失った』と責められているようで……ずーっと心の中で謝り続けていた。『あたしのせいで貴族じゃなくなってごめんなさい。子どもができてごめんなさい』って!」




 王女の側にいることは、自分で決めたこと。


 今の状況も自分の甘さが招いたこと。

 そんなこと、充分自覚している。


 だが俺の心には、いつもくすぶっている思いがあった。



 王女に出会わなければ、こんな事にはならなかった……と。



 責任転嫁だともちろん分かっている。


 だが、自分の行いを後悔する度に、いつもそう思ってしまう。

 どうして俺はこんなことになった。

 どうして俺はあんな事をしてしまったんだ。




 あぁ、王女に出会わなければ――――!




 どんなに長く一緒にいたって…


 そんな相手を、俺は愛することが出来なかった。




 ふらふらと王女が俺の側までやってくる。


「でも、もう疲れたの! もう嫌なのよ! お願い、もうあたしを許して! 許してください…」



 そして俺の足元に跪き、額を汚れた土間に擦り付け懇願してくる。


「もう許して……あたしを解放して下さい」


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