番外編02 娘の誕生【sideフェルディナント】
護衛の仕事はもうできないと、さらに北に進んだ。
そうしてバーテン国の北の端、穀倉地帯の田舎に行きついた。
もうすぐ金が底をつく。
とにかく食うために、何か仕事を見つけなければならない。
王女の出産も間近、しばらく定住できる場所を確保しなければ。
「フェル…大丈夫?」
小さな身体に大きく腹がせり出した王女が、不安そうに俺を見る。
大丈夫なものか!
王女は呑気に毎日眠っているが、俺は不安でうなされて碌に寝れやしない。
さっき通り過ぎた酒場でも、中の奴らがマティルデの歌を歌っているのが聞こえてきていた。
王女は全く気付いていなかったが。
この町の小さな商店で仕事がないかと尋ねてみたら、ある農場主が小作人を募集していると言った。
「中規模の農場主だが、住む家もあるぞ。兄さん若くてガタイも良いから雇ってくれるんじゃないかな」
小作人……土地を持たない使役農民だよな?
平民の中でも底辺の仕事じゃないか!
「フェル…」
王女が俺の袖を引く。
ふううううっと口から大きなため息が出た。
仕方ない。
とにかく王女が出産を終えるまでは我慢しよう。
農場主は痩せぎすの神経質そうな男だった。
頭のてっぺんから足先まで俺たちをジロジロと見たあと、顔を歪めながら言った。
「厄介事はないんだろうな」
「はい」
そう言うしかない。
住む場所は、農場主の屋敷の端にある今にも崩れそうな長屋の一室だった。
「ここを使え」
小さな土間には古びた机と椅子が2脚。
隅にはかまどと台所があった。
狭い板の間があり、そこには藁が敷き詰めてあって白い布がかけられているが…ここで寝るのだろうか。
これだけ。
たった一室しかない。
「外に共同の便所と井戸がある」
今まで泊まっていた安宿よりも汚かった。
「あと身分証明書はあるか」
「…いえ」
「戸籍は登録しているのか」
「……いえ」
「ならこっちで登録しておいてやる」
「え!?」
「無戸籍の小作人を雇っていたら役人がうるさいんだ。なんて名だ」
「え…えっと…フ…いえ、エルンストと…その…」
「あ、あたしはゾ…」
王女が名乗ろうとしたのに声をかぶせる。
「妻はゾーラです!」
「え~っとエルンスト…ってずいぶん立派な名だな。…とゾーラか」
農場主が小さな紙を取り出し書きつける。
とっさに父上の名を名乗ってしまった。
「明日、仕事の説明してやるから。今日はもう休め」
農場主が出て行くとようやく安堵の息が吐けた。
腹が減っていたが、疲れと眠気が勝つ。
陽が暮れていたので、早々に眠ることにした。
板の間は固く、藁がチクチクして不快だったが、久しぶりに泥のように眠った。
農夫としてなんとか仕事をこなせるようになった1週間後、王女が子どもを産み落とした。
女の子だった。
王女の赤毛に俺の青い瞳。
顔立ちは俺に似ている。
「フェル、抱いてみる?」
王女が俺に声をかけてくるが、こんなふにゃふにゃで、小さな生き物に触れられるわけがない。
娘はアンナと名づけられた。
一度機会を失うと中々アンナに触れるタイミングがつかめない。
王女はアンナに付きっきりとなり、小作人の女たちとも仲良くなって、この農場にどんどん馴染んでいった。
アンナを生んで1か月後から、仕事に就くようになった王女は農場主に命令され、初めは屋敷のメイドとして働き始めた。
農民の娘と比べたら整った容姿をしているし、所作も綺麗だったのか、小作人の妻としては大抜擢だ。
しかしあまりの常識のなさ、失敗の多さですぐに洗濯女に降格された。
それでも王女はアンナを背負いながら、洗濯女仲間と楽しそうに仕事をしている。
「あんなに打ち解けて…素性が知られたらどうするつもりだ」
役場での出来事が忘れられない俺には、そんな事はできない。
他の小作人たちに一緒に飲もうと声をかけられるが、酔っぱらって下手な事言ってしまっては、酒場であのマティルデの歌を聞いてしまっては、と恐ろしくて行けない。
呑気に過ごす王女に徐々に不快感を募らせるようになった。
だから、とにかく農作業に、仕事に集中することにした。
必要最低限にしか人とは話さず、黙々と鍬を振るう。
そんな日々を続けていると、あっという間に月日は流れた。




