番外編01 マティルデ女王の歌【sideフェルディナント】
王女と共にノルトハイム国からバーテン国に戻った俺は、すぐに生活を立て直そうと思った。
まずは働いて、家を借り、生活基盤を整えることにした。
元近衛兵として腕に覚えもあったし、護衛の仕事なら高給だから、平民になっても楽に王女と子どもを養っていけるはずだ。
ところが、仕事を紹介してくれる商業ギルドで尋ねると、報酬の良い大商人の護衛職には、身分証明書が必須だと言われた。
身分証明書はギルドが発行してくれるが、それには戸籍が必要だという。
バーテン国はノルトハルムより税収システムが進んでいて、5年前から全国民に戸籍の登録が義務付けられていた。
戸籍によって国民の数を把握し、貴族はもちろん、平民の農民、商人にも税金が課すためだ。
違反すれば拘束される上に、違反金も課せられるため、国民のほとんどが登録している。
だが「駆け落ち」の俺たちにそんなものはない。
だから移民として戸籍を得ようと、王女も連れて登録をしに役場に行くことにした。
役場は平民でごった返しており、窓口では2時間以上待たされた。
ようやく順番がきて、名を告げるだけだと思っていたら、管理官に出自や経歴など色々尋ねてくる。
かつてのお尋ね者としては正直に話すことはできず、苦しい嘘を吐いていたら、王女の紫の瞳を見て察したのだろう。
「お前、ノルトハルムの駆け落ち王女か!?」
役場のフロアは騒然となった。
あれがそうか。
あんな小娘が?
腹がでかいぞ。
あのキンパツの色男が腐れ騎士か!
フロア中の平民が口々に非難し始めた。
そして一人の叫び声で、それが怒号に変わる。
「ノルトハルムに住んでいた俺の従兄弟が、コイツらが起こした戦争のせいで死んだんだ!」
「あたしの弟もそうだよ!」
「何でコイツらはのうのうと生きているんだ?」
「子どもなんか作りやがって、汚らわしい!」
大勢の人々から次々と繰り出される刃のような怒号に、身の危険を感じて震えあがる。
暴動になっては不味いと、必死に王女の腹を庇いながら、役場から逃げ出すしかなかった。
こうして面が割れた俺たちは、二度と戸籍登録をすることができなくなった。
つまりそれは、高報酬の護衛の仕事はできないということだ。
身分証明書のいらない小さな商店の護衛や、個人の護衛をチマチマとやるしかなく、安宿の払いと食べるのが精いっぱいの生活が続く。
だが、その時はまだ良かった。
役場での騒ぎが、まるで湖に投げられた小石が起こす波紋のように、じわじわとバーテン国中で知られはじめたのだ。
その結果、そんな低報酬の仕事ですら、件の騎士だと知られると断られるようになってしまった。
町を転々と移動し仕事を探すが、噂が必ず追いかけてきて、解雇されるのを何度も繰り返す。
「どうしていつまでも駆け落ちの噂が消えないんだ!」
恩赦で捕縛命令も解かれたし、ノルトハルムはマティルデ女王の誕生で沸いていると聞いているのに、どうして俺たちのことをみんな忘れていないんだ?
「そりゃ、吟遊詩人が歌う、マティルデ女王の歌のせいさ」
10個目に移り住んだ町で、護衛の仕事を断ってきた旅行者がそういった。
「……マティルデ女王の歌?」
「テンポの良い曲だからさ~~~ノルトハルムで流行り出して、周辺諸国でも人気なんだぜ?」
戦争を起こしたのは、だあれ?
金の靴を履いたまま。
絹のドレスをまとったまま。
1番最初に逃げたのは、だあれ?
それは王女。
ゾフィー王女。
戦争を起こしたのは、だあれ?
銀の剣を握ったまま。
マティルデ女王を裏切ったまま。
ゾフィー王女と逃げたのは、だあれ?
それは近衛騎士。
フェルディナント。
女王を救ったのは、だあれ?
国を思い悲しんだまま。
その身は死にやつれたまま。
そんな女王を愛で世に戻したのは、だあれ?
それは王配陛下。
クロノス陛下。
戦争を止めたのは、だあれ?
全能たる神の御心のまま。
神のご加護をまとったまま。
民衆のため国を興したのは、だあれ?
それは女王陛下。
マティルデ女王陛下。
ノルトハルムの母たる神聖女王。
エルフの女王陛下。
マティルデ女王陛下。
旅行者がたどたどしくも、最後まで歌った。
子どもの手遊び歌として人気で、大人たちにも酒場で輪になって、この曲で踊るのが流行っているそうだ。
そして曲の合間に掛け声をかけあうらしい。
『ゾフィー王女と逃げたのは、だあれ?』
『それは近衛騎士! フェルディナント!』




