65 ちょっと残念な夫婦【sideマティルデ】
初めて私に怒鳴られたクロノスは、まだ固まったままだ。
「わたくしの夫は貴方一人です!」
「……」
「わたくしが産むのは貴方の子だけです!」
「……」
「アンデクス帝国の血を引く子だからではなく、貴方の子だから産むのです」
「……ああ」
「そして、貴方以外の男性はいりません! 絶対に!!」
これは念を押しておかなくては。
また男をあてがわれては堪らない。
「……」
「……」
しばし見つめ合う。
私の意志は伝わったわよね。
「……くくくくくっ…あ~はははははは!」
クロノスが大声で笑い出した。
私は怒っているのに、なぜ笑うのだこの男は!
ひーひー言いながらクロノスは笑い転げている。
5分ほどたっぷり笑いつくした彼は、ゆっくり立ち上がり私の側にやってきた。
そして、その大きな両手で私の両頬を優しく包む。
「熱烈な愛の告白だなぁマティルデ」
「へ?」
「そうかそうか。そんなに俺のことが好きなのか」
ニヤニヤ顔のクロノスの灰色の瞳を見つめながら、私は自分が吐いたセリフを反芻してみる。
「~~~~~!!!」
真っ赤になって逃げだそうとする私の腰を、彼がガッチリと捕まえて離そうとしない。
そして耳元で吐息を吹きかけながら、ささやいてくる。
「俺の子だけが欲しいんだよな? 女王陛下のご要望とあらば、是非ともお応えせねば」
ぎゃ~!!!!
この色気大魔神を何とかして!!
コンコンコン。
そこで控え目なノックの音が響いた。
「どうした」
今だ色気を含んだ声でクロノスが答える。
「クロノス陛下がお戻りとクラーラ殿下がお聞きになって、どうしてもお会いしたいとお泣きになって、眠っていただけないのです」
「なに? クラーラが!?」
クラーラでかした!
溺愛する愛娘の懇願を、性欲ごときで無視できる男ではない!!
「ちょ、ちょっとクラーラの顔を見てくる」
せわしなく立ち上がる、その名はお父さま。
「どうぞ、どうぞ」
「……なんだその満面の笑みは」
不満気に私を見つめて来るが、クラーラの側に飛んでいきたいのは見え見えよ?
今日は会議もあったから疲れているのよね。
明日は朝議もあるし、軍隊上がりの体力オバケに付き合う気力がないのよ。
「すぐ帰ってくるからな! 絶対寝るなよ! 分かったな!」
すぐなんて帰ってこれる訳ないでしょ?
クラーラは今日はたっ~ぷりお昼寝したんだから、絵本を10冊は読まされるわよ?
「はいはい」
ギラギラと光る灰色の目で私を睨みつけながら、寝室から出て行く夫を見送る。
秒で眠れる自信しかない私は、すぐにフカフカのベッドにもぐりこんだ。
ちょっと残念……なんて思いながら。




