63 駆け落ちではなかった!?【sideマティルデ】
「あぁ、俺がゾフィー王女に王室病の薬を飲ませた」
北の砦の演習から帰ってきた夫と、寝室で二人きりになった。
湯を浴び、寝酒をたしなんでいる彼に尋ねると、あっさり認めた。
「……やっぱり! じゃあ、フェルディナントたちの行動は全て把握していたのね?」
「もちろん。ノルトハルム王城にも間者を入れていたし、あいつらがバーテン国に行った後も人を付けていた。何なら今もたまに様子を見に行かせてる」
戦争が終わって7年、今もなんてなぜ……。
「そもそもあの二人は駆け落ちなんてしていない」
「え!?」
「王室病を発症して死を覚悟した王女が、母親の墓の側で死にたいと家出しただけだったんだ」
「家出した…だけ?」
家出。
なんて軽い言葉なんだろう。
「それを偶然見かけたお前の婚約者が、危険だからと付き添っただけだったんだ。つまり駆け落ちではない」
駆け落ちではない――――??
「でもそのせいで、アンデクス王が怒って戦争が……!」
「まんまとアンデクスに利用されたんだよ。兄上はこの国を侵略したかったんだ」
「そんな…!」
「お前の婚約者はお前を裏切るつもりはなかったし、国を捨てるつもりも無かった。俺はそれを知っていてこの国に攻め込んだ」
呆然とした。
「駆け落ちではない…」
フェルディナントは王女と恋仲ではなく、私を裏切るつもりもなかった。
彼は何度も『信じて欲しい』と言っていた。
それは本当だったの?
それなのに戦争は起こり、多くの国民が死に、国土が破壊され、グリフ伯爵も亡くなった。
「…俺らを…アンデクスを恨むか?」
そう言うクロノスの顔には全く表情がない。
人形のような。
血の通っていない置物のような。
「……」
正直、恨んでいないと言えば嘘になる。
だが、この国の王族、官僚たちは腐敗していた。
アンデクスに攻め込まれていなくても、いずれ他国に侵略されていただろう。
今、女王として過去の内情を知るにつれ、その思いは大きくなっていた。
それにそもそもフェルディナントと王女が、王族と護衛騎士として、適切な距離を保っていれば、それこそ家出で収まっていたはずなのだ。
彼らの考えの甘さが、戦争の引き金を引いた。
「……ずっと彼らを監視していたのなら、なぜ捕まえなかったの?」
「やつらが平民として生きるのが、ふさわしいと思ったからだ」
「……」
「自分の立場をわきまえず、感情だけで行動したいなら平民になればいい。高位貴族に、ましてや王族でいるべきではない。
一応、捕縛命令を出したが、利用した手前、捕まえて処刑するのも、しのびないから適当に放っておいた。
だが、苦労しているようだな。フェルディナントは護衛の仕事をしていたみたいだが、駆け落ちの片割れだとすぐに面が割れて即解雇。そんな感じで解雇され続けて、今はバーテンの田舎で農夫をやってるよ」
あのフェルディナントが農民!?
「ゾフィー王女の侍女…あ~グレーテ? グレタ? だったかに、偶然を装って軍医に王室病の薬を渡させたら、ちゃんと飲ませたみたいで王女もピンピンしているよ」
「そう…助かったのなら良かったわ」
あの痩せた王女の弱弱しい姿を思い出す。
「くくく、良かった?」
「?」
「これは王女への罰のつもりだったんだけどな」
彼はもう一つのグラスにも酒を注ぎ、私にすすめてきた。
「余命宣告をされた王女が愛する護衛騎士と隣国に逃亡して、その腕の中で死ぬなんて、戯曲の悲恋のようで胸糞悪いじゃないか。王女としての義務を放棄した女にそんな幸せな死に方を許すわけがないだろう? せいぜい生き恥をさらしてもらおうと思って生かしてやったんだ」
グラスに口をつけながら、ニンマリと笑うその姿はやはり悪魔のようだ。
その琥珀色の液体が真っ赤な血でも違和感がない。
「お前も胸糞悪いと思っていただろう?」
『くやしい』とは思っていたけれど『胸糞』とは……
「でもそのお陰で腹の子も生き延びたんだよな」
「腹の子?」
まさかゾフィー王女が妊娠していたと?
フェルディナントとの子を?




