61 愛し合っていない夫婦【sideマティルデ】
3人目の子は男の子だった。
今日、この子は神殿で洗礼を受け、正式に名づけられた。
穏やかな空の下、バルコニーに出て市民にお披露目をする。
生まれたばかりの子を胸に抱いて微笑むと、市民からわぁっと歓声が上がった。
すると後ろからパタパタと軽い足音が聞こえた。
1人目の子、王子のフランツがバルコミーに出て、私のドレスを握ってきた。
真顔で小さく市民に手を振る。
またわぁわぁと歓声が上がった。
将来のノルトハルム王は今ちょうど4才。
容姿はまるでミニクロノスで、漆黒に髪に灰色の瞳、子どもなのになぜかいつも眉間に皺をよせている。
今度はおおおおっと地鳴りのような歓声が響く。
振り返ると私の肩を抱くようにクロノスが立っていた。
今年で38才になる彼は男盛りで、ノルトハルム王国軍の最高司令官でもあり、日々鍛錬を絶やさぬ身体はますます磨きがかかっている。
しかも色気も駄々洩れである意味、国民には私より人気がある。
その腕に抱かれているのは、2人目の子、王女クラーラだ。
2才になるこの子は顔は私に似ているが、髪は漆黒、瞳はお母さまと同じグリーンだ。
そして私が抱いている3人目の子はルドルフ王子。
お父さまの金髪に、クロノスの灰色の瞳を持っている。
一緒に暮らして実感するのだが、クロノスは敵には残忍と言われるほど容赦がないが、一度懐に入れた人間にはとても甘い。
もちろん絶えず裏切らないか注意深く観察しているところはあるが、裏切りようがない3人の子どもにはめっぽう甘い。
男の子のフランツには王族の親子として必死に距離を取ろうとしてけれど失敗しているし、クラーラにいたっては、もはや何の壁もない。
むしろ飲み込んで、自分の一部にする勢いの可愛がりようだ。
この人は今まで本当に苦労してきたのだろう。
親には関心を持たれず、大勢いる兄弟は王位を奪い合うライバル。
守ってくれる大人はおらず、むしろ毒ばかりの大人に搾取されながら、何とか生き延びてきたのだ。
だから大人になって得た部下にも、仕事に関しては信用しているが、人間としては信頼していない。
いつ裏切られてもいいように用心している。
きっと私のことも本当には信じていない。
私のことを気に入ってはいるようだが、愛してはいないと思う。
そんな中で、純粋に信じられる初めての人間が、この子どもたちなのだろう。
「良かった」
そう思う。
彼に信じられる人間を与えることができて。
と同時に薄ら寒くなる想像もする。
子どもたちも大人になる。
世の中には子どもに裏切られる父親などよくある話だ。
その時、彼はどうするだろう。
フランツが国民を苦しめる暴君になったら?
迷いなく首を落とすような気もするし、共に自害する気もする。
「やめよう。こんな想像」
プライベートルームに戻ると、クロノスが旅支度をしていた。
「ひよっこ女王。北の砦の演習に参加するから2週間城を空ける」
「分かったわ」
「早く身体を直せよ? こんな美女が目の前にいたら、ムラムラしてかなわん」
どうやら私の身体も気に入っているようだ。
でもそのムラムラを北の砦に持って行って、どうするのかしら。
魅力的な夫を持つ世の妻は、同じ不安を持っているのかしら。
でもこの不安は、フェルディナントに感じたほど辛いものではない。
きっと私もクロノスの事を愛しているわけではないのだ。
それは私が女王として確固たる地位を築いているからか。
3人の母としての余裕なのか。
それとも、そもそも私たちの関係が
師匠と弟子
父と子
船長と水夫
みたいなものだからかしら。
だとしても
「居心地はいいのよね」
燃え上がるような愛がなくても、幸せは幸せだ。
けれども油断をしてはいけない。
これもクロノスに教わったこと。
「わたくしは国民の奴隷ではあるけれど、貴方の奴隷ではないわ。そしてムダな子種を撒く王配に対しては処刑人になるのよ」
「なら3人の約束だったが、4人目はどうだ?」
……産んだばかりでやめて欲しい。
彼の方がやはり1枚上手、口では勝てなかった。




