60 もう道は分かれてしまった【sideフェルディナント】
「貴方のせいで、エルンスト様は、農民兵と一緒に、前線に、行かされたのよ!」
母上が悔しそうにひと言ひと言、呪詛のように言葉を吐く。
父上はとっくに実戦からは引退していた。
それなのに戦場に行った!?
しかも前線?
農民と…?
俺のせいで……!?
「息子の罪を償えと市民に石を投げられ、土下座して前線へ死にに行ったわ。このグリフ伯爵家も……建国から続く由緒正しき武門の伯爵家も、咎を受けて男爵家に降爵したわ。そして財産も領地も取り上げられてしまった……!
今は領地なしの名ばかりの男爵よ。このグリフ家が! あぁああ~~~ご先祖様に、お義父様、お義母様に申し訳なくて、もう生きていられない!」
「母上」
膝をついて号泣する母上を兄上が抱きしめ、ゆっくりと助け起こす。
「ここはお前を恨む者たちに襲撃されて、全て焼かれてしまった。何か思い出の品が残っていないかと探しに来たが、全て略奪されたあとだ。何もない…」
埃のついた母上のドレスを兄上がはらう。
今まで母上が着ているのを見たことがないような質素な綿のドレスだ。
「エッケハルディン侯爵は、お前が無礼を働いたにもかかわらず、俺たちを戦時中は匿って下さり、終戦後は王都にアパートメントを用意して下さった。そして俺には教師の仕事を、母上には刺繍の仕事を紹介して下さり、それで何とか生活できている状態だ。女王の父であるお立場では、表立って戦犯家族を助けることはできないが、秘密裏に色々手を貸して下さっている。
そんな侯爵の善意を裏切ってまでお前らを助ける気はない……助けを求めて来たんだろう?」
家族の無事を確かめたかっただけだが…そうかもしれない。
罪悪感に押しつぶされそうで、未来も見えなくて、金銭的にも苦しくて、助けてもらおうとしたのかもしれない。
「そんなボロボロの服だもんな……だがもう俺たちの道は分かれたんだ。ここから出ていけ。まだまだお前たちを恨んでいる者たちもいる。殺されたくなかったら、ノルトハルムから出て行け!」
歩いて辻馬車乗り場まで戻る。
キラキラと太陽は輝いて、小鳥の声が聞こえる気持ちのいい気候だ。
だが、まるで平衡感覚を失ったように地面は歪み、全てはガラス越しに見ているようで現実味がない。
見慣れた丘、花畑、糸杉の小道。
なにも変わっていない子どもの頃から見ている風景なのに、俺だけが異物のようだ。
乗合馬車を乗り継ぎ国境の街ポルトに戻った。
また行商人に金を渡し、検問所を通ってこの国を出て、バーテン国に《《戻る》》のだ。
順番を待つため、行列に並ぶ。
検問所を見つめると、出国したあの日が蘇る。
役人に呼び止められ、尋問室に連れて行かれようとする小さなゾフィー王女の背中。
ああ。
思い出して確信する。
もし時間が巻き戻っても、俺はきっと王女を助けるだろう。
あの震える背中を放ってはおけないと、駆けだす自分が想像できる。
それにもし、助けなかったとしても、アンデクスに引き渡される王女を見て罪悪感に苦しみ、なぜ助けなかったのかと一生後悔していただろう。
いずれにしろ俺は後悔していたのだ―――――。
「これは必然の結果か……」
隣を歩く王女の小さな頭を見る。
俺の子を宿した小さな身体を見る。
きっとこれからの暮らしは厳しいものになるだろう。
素性が知られたら、どんな差別を受けるかも分からない。
だが、子は生まれる。
この子には何の罪もない。
みんな前を向き、別の人生を歩んでいる。
俺ももう、この子のために前を向かなくてはならない。




