57 王女の妊娠【sideフェルディナント】
5月になったある日、奇跡が起こった。
「王女様!」
「ぐ…ぐれ…た」
グレタ嬢がノルトハルムから、夫となった男性と一緒にこの宿にやってきたのだ。
「良かった! 生きてらした! お探ししたんですよ」
王女と彼女は抱き合い号泣した。
「見て下さい! お薬をお持ちしたんです」
彼女の夫が、袋から大量の水薬を取り出した。
「アンデクス帝国には王室病の特効薬があったんですよ! 戦争が終わって、親切なアンデクスの軍医が分けて下さったんです」
「くす…り…?」
「そうです」
「あたし…なおるの?」
「ええ! ええ! 治ります!」
体力のない王女は静かに涙を流した。
こんな奇跡があるなんて!
不幸ばかりの彼女に、神はいたのだ!
早速、薬を飲み、王女はそのまま眠ってしまった。
この薬を毎日3本、2週間飲み続けるらしい。
「ほっとした。もう王女はだめだろうと思っていたんだ」
「間に合って良かったです」
「グレタ嬢はもう大丈夫なのか?」
「安定期に入ったので大丈夫です」
「じゃあ、この後は王女の側に?」
「もう結婚したのでそれは……仕事もあるので、すぐに帰らなければなりません」
「そうか。王女が回復したら俺たちもノルトハルムに戻ろうと思うんだが……」
「それはしばらく止めた方がいいと思います。貴方と王女の駆け落ちを知らぬものはいません」
「駆け落ちなんかじゃない!!」
「……私は知っていますが、国民はみなそう思っています」
「……」
「この戦争で多くの人が死にました。ほとんどの犠牲者は軍人ではなく平民です。切っ掛けとなった駆け落ちをしたお二人の事を、恨んでいる人は多いです。帰国すればなぶり殺しにされます」
気が付けばグレタ嬢たちは、いなくなっていた。
机には金が置かれていた。
正直、助かる。
王女が回復するまでこのまま過ごそう。
そして王女が元気になれば、仕事でも探そうか。
俺が例の駆け落ちの片割れとバレて、役人に突き出されようが、嬲り殺されようが、もうどうでもいい。
何もかも、もうどうでもいい。
薬は劇的な効果をもたらした。
王女は日に日に回復していく。
2週間たつ頃には食欲も戻って歩けるようにもなった。
だがその後、急に食べたものを吐くようになった。
微熱が続き、気分も悪く身体がだるそうだ。
病がぶり返したのかと心配していたある日、その姿を見た宿の女将が言った。
「なんだいあんた、腹に子がいるのかい?」
その言葉に身体が震えた。
医者に診てもらった。
王女は妊娠していた。
もちろん俺以外に、父親はいない。
「ごめんなさい…」
泣く王女を慰めることも出来なかった。
ふらふらと街を歩く。
駆け落ちじゃない――――
もうそんなことを言えなくなった。
れっきとした既成事実があるんだから。
「俺はどこまで落ちるんだ」
答えてくれる人は誰もいない。
王女の体調が良くなるにつれ、腹が目立ち始めた。
あんなに小食だった彼女がしっかり1人前をたいらげる。
肉付きが良くなって、まあるく優しい顔立ちになった。
でも俺はその姿をまともに見ることができない。
その姿が俺の過ちそのものだったから。




