55 お尋ね者の逃亡【sideフェルディナント】
アンデクス帝国の捕縛から逃れるため、王女と貸切馬車に乗って14日目。
10日間で着くと思っていたブルノン地方に、ようやく到着した。
王女が馬車で酔ってしまい、休憩を多く取ったためだが、彼女の体調を考えると仕方がない。
とにかく王女を親族に引き渡して、急ぎノルトハルム王国戻ろう。
駆け落ちではないとはっきり説明しなくては!
そして王女の余命が、幾ばくも無いことをアンデクスに伝えれば、この逃亡にも理解を示してくれるかもしれない。
ユーリヒ男爵が、王女の母にあたる娘の亡骸とともに身を寄せた親族は、ブルノン地方のはずれで農場を経営していた。
豊かな自然に囲まれた裕福な農場主のようで、ここなら王女は穏やかな最期が送れるだろう。
俺はすぐに引き返すので、馬車はそのまま待たせ、農場主の家をたずねた。
「ゾフィー王女が来たって?」
女中の言葉に農場主の女主人と思われる中年の女が、ドカドカと乱暴な足音をさせてやってきた。
そして俺たちを見たとたん怒鳴りつけた。
「帰れ! お尋ね者と親族だなんて知られたらこっちは困るんだ!」
「俺たちは…その…」
「あんたたちはアンデクスから捕縛命令を出されて探されているんだよ! 掴まりたくないならとっとと帰んな!」
「…ここにはユーリヒ男爵がいらっしゃると聞いたのですが…」
「ユーリヒ男爵夫妻は2年前に事故で死んだよ」
……そんな…!!
王女を唯一、受け入れてくれるはずの存在なのに――――!!
「……では……では! せめて王女の母君のお墓に参らせてもらえませんか?」
「やめとくれ! 戦争の原因になったあんたらは恨まれているんだ。とばっちりはごめんだ! すぐに出て行け!」
すると脇から農夫と思われる屈強な男たちが10人ほど現れた。
こんな田舎にまで捕縛命令が知られているのなら、ここで騒ぎになるのは不味い。
男たちは乗ってきた馬車に俺たちを押し込み、農場の敷地の外に出るまでついて来る。
そして馬車が視界から消えるまで、ずっと監視したままだった。
取り付く島もなかった。
呆然としたまま馬車に揺られる。
乗り込んでからは二人共、口を開かなかった。
…開けなかった。
ガラガラと車輪の音だけが響く。
とりあえず元いた国境の街、ドーナに戻るしかなかった。
ショックを受けたのか、王女はしばらくして高熱を出した。
「おかあさま…おかあさま…助けて……」
うなされた彼女のか細い声に胸が詰まる。
一人なら山越えでも何でもして、ノルトハルムに帰ろうと思っていた。
だが、王女を連れては無理だ。
かと言って置き去りにするわけにもいかない。
ドーナの街に戻ると、前よりさらに安い宿に入った。
まさか王女と伯爵令息がこんな安宿に泊まっているとは思わないだろう。
とにかく戦争が終わるまで逃げ切らなければ。
長期戦になりそうで、金がもつか心配だ。
翌朝、手紙を送ろうとしたが、ノルトハルム側の検問所はアンデクス軍に占拠され、人も物資も郵便物も行き来ができなくなっていた。
もうどうしようもない。
そしてとうとう4月11日になった。
マティルデの誕生日。
俺たちの結婚式の日。
「ははっ。父上も母上も怒っているだろうなぁ」
結局、戻れなかった。
戦時下で式は挙げれなかったかもしれないが、籍は入れられただろう。
「ごめんマティルデ」
駆け落ちしたと思っているだろうか。
それともまだ信じてくれているだろうか。
「ほんと、どうしてこんな事になったかなぁ」
情けなさ過ぎて涙も出ない。




