46 王女をひとりにはできない【sideフェルディナント】
「あたしに《《また》》の機会はないのに……」
「王女…」
すると突然王女は身支度を整え始めた。
「まだ2時ね。砦の門はまだ開いてるから、今から国境を越えるわ」
「体調は大丈夫なのですか」
「今日は調子が良い方なの。早くお母様のところに行きたい。」
確かに国境は早く越えた方が良い。
今頃王女がいないと知って、王宮は大騒ぎだろう。
追手がやってくるかもしれない。
だが…このまま行かせていいのか。
「フェル。お願い行かせて。これが最期のお願いよ」
そう言われると何も言えなかった。
国境の検問所まで一緒に歩きながら、色んなことを注意した。
なるべく乗合馬車で移動すること。
馬車ごと雇って一人だけで乗ったら、誘拐されるかもしれない。
お金は隠し、周囲に見せないようにすること。
スリや強盗にあうし、下手をすれば殺されてしまう。
「どうせ死ぬんだから、殺されるのなんて怖くないわ。今ならあたし何でもできそうな気がするの」
本当なら母君の墓まで、俺が護衛するのが一番良いのだろう。
だが、もう近衛騎士ではない俺がやってはいけないことだと理解している。
国境の検問所についた。
「今までありがとうフェル。幸せになってね」
「……」
何と言葉を返せばいいのだろう。
貴女の幸せはどこにあるのか。
国境を越えるために並ぶ平民たちの後ろに、王女が一人で並んだ。
俺は影からそれを見守った。
王女の番になったが、何やら揉めている。
どうやら通行証が偽装じゃないかと疑われているようだ。
実際、その通行証は偽造なのだろう。
それに年若い女性がたった一人で旅するなんて、訳アリだと思われるのは当然だ。
王女が引っ張られて、取調室に連れて行かれようとしている。
このまま身元が割れたら、王宮に連れ戻されて……王たちにどんなひどい目に合わせられるのか――――!
気が付いたら駆けだしていた。
「すなないナディア、遅くなった」
そう言って王女の肩に手を置く。
「すいません。私はこの子の兄で近衛騎士団にいたものです」
そう言いながら『退団証明書』を差し出していた。
とたんに衛兵たちの表情が変わり笑顔になる。
「近衛騎士団の方でしたか!」
憧れの表情に、この肩書はやはり効くのだなと思った。
「退団を機に妹と一緒にバーテンにいる叔母を見舞おうと思ったのですが、通行証を無くしてしまいまして…」
そういいながら丸めた札を数枚、その手に握らせる。
「……それはお困りでしょう。では今回は特別に…」
こうして俺たちは検問を通り、バーテン国に入国した。
ほおおっと安堵の息が漏れる。
こんな大嘘を吐いたのは、人生で初めてだ。
後にこの行動が戦争につながるとは、一体誰が予想しただろう。
砦の兵士から見た事実は、
<フードで顔を隠した赤毛の小柄な女性と、『フェルディナント・フォン・グリフ伯爵令息』と名が書かれた退団証明書を持った金髪の男が《《二人きり》》で国境を越えた>
なのだ。
社交界を賑わした二人の仲はこの日、噂ではなく完全な真実となってしまったのだ。




