45 王女たちの行先【sideフェルディナント】
ポルトは国境に接する商業が盛んな町で、宿屋はたくさんあった。
王女のためには高級宿を取るべきなのだろうが、そこは身分証明書の提出が必須だ。
『家出』の王女の身分は明かせないから、証明書がいらない庶民が泊まる宿を取ることにした。
案の定、木のベッドとイスしかない簡素な部屋で、しかもギシギシと床が鳴る。
「身分を明かせないので、このような部屋で申し訳ありません」
「問題ないわ」
そう言いながらも王女はもの珍しそうに部屋を見回り、埃まみれの椅子には座らず、そおっとベッドに腰かける。
冷遇されていたとはいえ、住んでいたのは王宮だ。
こんな質素な部屋は初めて見たのだろう。
それはグレタ嬢も同じようで、王宮侍女に採用される身分なのだ。
彼女は平民だが、有名な大店のお嬢様だ。こんな部屋に泊まったことはないだろう。
かく言う俺もここまで質素な宿には、泊まったことがなかった。
「それで、お二人は王女の母上のお墓の元に行こうとされていたんですよね? それはどこで?」
「隣国のバーテンです。王女の祖父母のユーリヒ男爵夫妻もそこにおられて、お母上のお墓を守られているそうです」
グレタ嬢が地図を広げながら答えた。
「ユーリヒ男爵令嬢は我が国の人間だろう? なぜ墓がバーテン王国にあるんだ?」
「王妃は令嬢だけではなく、ユーリヒ男爵家自体にも嫌がらせをしていたんです。娘の立場を考えて男爵は耐えていたんですが、娘が亡くなったとたん亡骸と共に親戚筋を頼ってバーテンに移住してしまったのです。ですから男爵令嬢のお墓もバーテン王国にあるのです」
「お願いフェル。あたしはバーテンに行きたいの。見逃してお願い!」
「私からもお願いしますフェルディナント卿。どうか…」
王女に続き、グレタ嬢も立ち上がった。
が……
「グレタ嬢!」
グレタ嬢は膝から崩れるように倒れ込んだ。
「グレタ!」
王女が悲鳴をあげる。
「どうした!? 大丈夫か?」
身体を支えるが、彼女の顔色は真っ青だ。
脂汗をかきながら、震える口を開く。
「お腹が……フェルディナント卿お願いです。フランシスコ通りのサルバドル医師を呼んでもらえませんか」
ポルトの町は初めてで土地勘が無かったが、人づてになんとかその医師を探し出すことができた。
サルバドル医師は宿のベッドに寝ているグレタ嬢を見て声をあげた。
「グレタ! だから無理をするなと言っただろう!」
そう言って俺を部屋から追い出し診察をした。
「危なかった。何とか子は流れずに済んだ。だがしばらく絶対安静だ」
子…グレタ嬢は妊娠していた。
「王女様と隣国に行くことはだいぶ前から計画していたんです。このポルトの町は私の故郷で婚約者もここにいます。計画実行のためここに戻った時、婚約者にも会ってその時に……王宮に戻ってから妊娠が分かったんですが、どうしようかと。子どもの頃からお世話になったサルバドル医師に手紙で相談していたんです」
その時、勢いよく部屋のドアが開き、20代中頃の青年が入ってきた。
「グレタ! 大丈夫かい。僕の子を妊娠しているなんて、どうしてすぐに言ってくれなかったんだ!?」
「…マテオ。喜んでくれるの?」
「もちろんだよ! 僕たちの子だよ? 喜ぶに決まってるじゃないか!」
「グレタはこのまま、わしの医院に入院だ。マテオ、抱いて連れて行ってくれ」
「はい!」
「え…でも……おう…えっと、この子と旅をする約束をしていて!」
抱きかかえられたグレタ嬢が、王女を見ながら必死に訴えている。
「旅などもっての他だ! 子を殺したいのか! いいからマテオ連れていけ」
そうしてグレタ嬢は部屋からいなくなった。
そしてサルバドル医師も俺たち向き直って、こう言って出て行った。
「あんたたちにゃ悪いが、旅はここまでだ。またの機会にしな」




