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42 王女の輿入れ【sideフェルディナント】

 ところが知らぬ間に、この国は未曾有の危機に陥っていた。


「戦争になる? あの大国と?」


 立ち話をしていた文官たちの声を耳が拾った。




 わがノルトハルム国は、軍事大国アンデクス帝国と隣接している。


 アンデクス帝国は我が国の20倍の国土を持つ北の大国だ。我が国とは人口、経済力、軍事力全てにおいて大きく水をあける強国だが、長年良好な関係を保ってきた。


 しかし、数年前に好戦的な新王に代替わりしてからは状況が一変した。



 今回、最初は国境に隣接する村同士の小さな小競り合いから始まったそうだ。

 ところが、それを治めるためになんと、わが国の王が兵士を派遣してしまったのだ。


 そうなるとアンデクス帝国も黙ってはいない。

 すぐさまアンデクス側からも兵が派遣され、いつしかそれは村人同士の喧嘩から兵士同士の争いとなり、引くに引けない事態に陥ってしまったのだ。


「ここだけの話だが、王は大国相手の悪手を打ってしまったんだ。うちを侵略したくて手ぐすねを引いていたアンデクスに、攻め入る理由を与えてしまったんだ」


 文官たちの嘆く声が次々と聞こえる。


「アンデクスと戦争になんてなったら、うちはひとたまりもないぞ」


「明日、宰相補佐のエッケハルディン侯爵が休戦交渉に向かうそうだ。」


 侯爵が交渉されるのか…あの方なら王のような失態はなさらないだろうが、上手くいくのだろうか。


 戦争になれば近衛も駆り出されるだろう。

 退団まであと4か月だが、そんな事は言っていられないかもしれない。





 悶々と過ごしていたその1週間後、突然アデラィーデ王女とゲオルグ王太子が3人の護衛を連れて王女の元にやってきた。


 最近、ゾフィー王女の容体は小康状態を保っていて、午前中には庭を散策して楽しそうにしていたのに、台無しだ。

 王女の前に立ち、警戒する。


「邪魔だ。どけ! 俺は父上の名代だぞ」


「下がりなさいグリフ伯爵令息。わたくしたちは王の命令をゾフィーに伝えに来たのよ」

 そう言ってアデラィーデ王女は、王印が押された羊皮紙を広げて見せた。



 王の命令書、王令に向かって俺たちがひざまずくと、ゲオルグ王太子がその内容を読み上げた。


「第2王女ゾフィー・シリス・ノルトハルムを、アンデクス帝国、帝国軍最高司令官クロノス・ヴァン・アンデクス・ベルンシュトルフ公爵に輿入れすることを命ず。以上」


 アンデクス帝国のベルンシュトルフ公爵!


 彼はアンデクス帝国軍の最高権力者で、現国王の弟だ。

 今回もそのベルンシュトルフ公爵が指揮を取り、我が国に攻め入ってきたという。


 軍を率いながらも自ら剣を振るう戦争狂、女子供も容赦なく切り捨てる血に飢えた怪物と言われている。

 周辺諸国からも『漆黒の悪魔』『首狩り公爵』と呼ばれ、恐れられている人物だ。


 その王弟にゾフィー王女が輿入れ?

 確か彼には妻が二人、子どもも数人いたはずだが……。


「ふふっ。喜びなさい。『はずれ王女』の嫁ぎ先が大国の実力者の第3夫人だなんて名誉なことじゃないの」


「休戦協定の中で決められたうちのペナルティのひとつ、アンデクスへの人質みたいなものだ。…ってお前なんかじゃ人質にならないのにな。生贄がいいとこか」


 ゲラゲラとゲオルグ王太子の下品な笑い声が響く。


「…王女の病状はお伝えしたはずです。輿入れなど無理な話ではありませんか!」


 余命宣告されているのに、王は何を考えているんだ。


「もうすぐ死ぬんでしょ? だからいいんじゃない! アンデクスに着いてから死ねばいいのよ。そうすればあっちの落ち度にできるから~~~交渉のカードに使えるってお父様は喜んでいたわ」


「王女として最期くらい役に立てよ?」



 怒りで目の前が真っ赤に染まった。

 なんという言い草だろう!


 性根が腐っている。こんなやつらが王族なのか!

 こいつらこそ死ねばいい!

 死んでしまえ!


 剣に手をかけそうになった時、ゾフィー王女の小さな声が聞こえた。


「分かりました」


「…嫌ねぇ。『つつしんで王命を拝領いたします』でしょう? 最低限のマナーくらい身につけないとアンデクスでも罰を受けちゃうわよ~」

 そう言いながら、アデラィーデ王女はムチをふるう真似をする。


「ま、そういう事だからもう貴女の身体にキズをつけちゃダメってお母様に言われたちゃったし、今日からお前たちもぐっすり寝れるわよ。今までご苦労様。」

 そう言って俺とグレタ嬢を見て笑う。


「未婚の王女の部屋に寝泊まりするなんて、貴方もバカな事をしたものねぇ。ゾフィーは貞操を疑われても、もう死んじゃうんだからどうでもいいだろうけど、貴方は大変よ? 随分と噂になっているから、婚約者の方がお気の毒で仕方がないわぁ。婚約者に……エッケハルディン侯爵令嬢に、婚約破棄されなきゃいいわねぇ」


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