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31 誰にも救いを求められない地獄【sideフェルディナント】

 そうして王都の学院に戻った俺だったが、そこには地獄が待っていた。


 プライドの塊のようなエリート中のエリートの近衛騎士たちは、王命で何の苦労もなく飛び込んできた子どもを許せなかったのだ。


 それはそうだろう。

 子どもの頃から近衛騎士に憧れ、高位貴族子息でありながら軍隊で訓練に明け暮れ、長ければ10年かけて入団できた者ばかりだ。

 自分たちの聖域を汚されたと思ったのだろう。


 中には優しい人もいたが、ほとんどの人が俺を恰好のストレス解消の駒にした。



 意識を失うまで終わらない基礎訓練。

 吐くまで訓練場を走らされ、模擬演習と称して病院送りギリギリのラインまで木刀で打ち据える。

 汚物をかけられたり、食事を捨てられるのは当たり前。

 大人の屈強な身体に子どもの俺はかなうはずもなく、下着を脱がされ性的な嫌がらせもたくさん受けた。



 子どものイジメと違って大人たちは実に巧妙で、たまたま上官が現場を見ても『お前を思って鍛えてくれているんだぞ、感謝しろ』と言われるだけだった。




 毎日、夜はベッドで泣きながら眠る。


 辞めたい。

 帰りたい。

 辞めたい。

 帰りたい。


 そこでマティルデからの手紙を思い出す。

『ハインリヒ様も兄として鼻が高いと仰ってます。大変でしょうが頑張って下さい』

 兄上の名に身体が震える。


 冷たい冷たい微笑み。

『どうしてフェルばっかり…』



「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 布団にくるまって嗚咽をころす。


 これはきっと罰なのだ。



 兄上の未来を壊し、のうのうと兄上の愛する女性を妻にしようとする俺の。

 兄上の足を奪って得た誰もが夢見るような幸運を、辛いから辞めたいなんて、そんな事許されるわけがない……!



 兄上に、これ以上嫌われたくない。





 だんだん心が麻痺していき、あらゆる事に無気力になった。


 ただ期待する家族には、この状況を絶対に知られたくなかった。

 ゆえに取り繕うこともできないから、手紙も一切出さなかった。



 そうしていても日々は過ぎていく。

 皮肉なことに訓練と称した苛烈なイジメのお陰で、俺を屈強な騎士へと成長した。


 伯爵家の血のおかげか身長もぐんぐん伸び、手合わせをしても大人の騎士の半数を打ち負かすようになり、学院卒業後は近衛騎士団の正式な団員となった。





 近衛騎士は大きな行事の際は団全員で王族の警護にあたるが、平素は王族の一人の専属騎士となる。

 俺の専属となったのは、14才になる第2王女ゾフィー殿下だった。


 ゾフィー王女は王と王妃の侍女であった男爵令嬢との間に生まれた妾腹(めかけばら)の姫君だ。


 側妃は伯爵以上の家柄が必要とされるため、その侍女は愛妾という立場しか与えられなかった。そのため生まれた王女は、本来なら男爵家に引き取られるはずだったのだが、彼女は髪色こそ赤毛であったが、アメジストの瞳――――『王家の色』を持って生まれた。


 それゆえ王族として王宮に迎え入れられたのだ。



 王家の色――――それはエルフの血を引くという伝説により尊ばれている色で、銀色の髪と紫色の瞳のことだ。


 現在、その色を持つ者は王妹であるエッケハルディン侯爵夫人の娘、マティルデのみ。

 本元(ほんもと)の王やアデラィーデ王女、ゲオルグ王太子も王族の色を持っていない。

 それため、ゾフィー王女は彼らの嫉妬と怒りを買い、王宮ではお立場がないと聞く。


「はずれ姫」と呼ばれ、王宮の片隅で息を殺すように過ごされているそうで、そんな王族の専属に俺が割り振られたのは……



「これも俺への嫌がらせの一種か……」




 対面したゾフィー王女は、14才にしてはずいぶん小柄で、おどおどと自信なさげに小さな声で話す、およそ王族とは思えない少女だった。

 だが警護するうちに、それは日常的に王妃や義兄弟たちに虐げられているせいだと知った。


 その姿は近衛騎士団でいじめられていた自分とも重なり、次第に強く同情するようになった。

 そして弱き女性を守る騎士としても、捨て置くことができなかったのだ。


 周囲に愛され花開くように美しくなっていく婚約者と比べて、憎まれ軽んじられている同い年の王女を何とか救ってやりたい、そう思ってしまった。



 それが破滅へとつながる行為とは思わずに。


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