30 思いがけない幸運【sideフェルディナント】
談話室に座った父上はお茶を一気に飲み、カップを乱暴にソーサーに戻した。
「フェルディナントが近衛騎士団への入団を許された」
「「「えっ!?」」」
みな驚きの声を上げた。
もちろん俺も。
近衛騎士団は、王族を守るエリート中のエリート騎士団だ。
剣の腕はもちろん、家柄、頭脳、人格、容姿の優れた者たちが集まる騎士なら誰もが憧れる存在だ。
「今回のテストで6位だったそうだな」
「まぁ! 本当に? すごいじゃないの!」
どうして教えてくれなかったのよ、お祝いをしたのにと小言を始める母上を無視して父上が話しを進める。
「優秀な子息が揃っている『領地管理科』で、その成績を取ったお前の噂をエッケハルディン侯爵がお聞きになり、お前の学院での様子を色々お調べになったようなのだ。
そこで勉学はもちろん、放課後受けていた剣術の授業でも『騎士科』の生徒を上回る腕前と評判だったようで……しかも来年の生徒会の副会長に決まっているというじゃないか!」
「まぁ! 生徒会の役員? 貴族学院の? なんて名誉なことなの!」
またどうして教えてくれなかったのと、母上のお小言が始まる。
「生徒会の役員は推薦で決まる。つまり生徒の信頼が厚く人望があるという事で人柄にも問題はなし、容姿は……言うまでもないだろう。
そんな話しを王城で侯爵が世間話の中でお話しをされてな、それを耳に挟んだ王が『姪の侯爵令嬢の夫が伯爵では心もとないと思っていた。子息自身も近衛騎士に憧れていたのなら、箔をつけるために彼を近衛騎士団に推挙しよう』とおっしゃったそうなんだ」
王の推挙は王命と同じ、決定だ。
あまりの幸運に身体が震える。
習わしで軍属しなくてはならないが、マティルデと結婚し領地運営のため5年で除隊しなくてはいけないと思っていた。
そんな短期間で伯爵家の俺が、近衛騎士になるのは難しいだろうと諦めていたのだ。
そこでぼそりと、小さな呟きが聞こえた。
横にいた俺にしか聞こえないような小さな声。
『どうしてフェルばっかり…』
兄上の声。
血の気が引いた。
「学院を卒業するための単位はほぼ取り切っているそうだから、必要な授業のみ学院で受け、あとは騎士見習いとして近衛騎士団で訓練を受けよとのご命令だ。何も問題が無ければ卒業後は正式な入団を認めることとなっている」
父上の話しが終わり自室に向かおうとすると、母上が声をかけてきた。
「貴方の努力もあるけれど、これはエッケハルディン侯爵家の、ティルデちゃんのお陰でもあるのよ? 婚約者としてもっと誠意を持って対応しなさい。ティルデちゃんの誕生日は覚えているの?」
「……」
正直、覚えていない。
たしか4月だったような…?
「今までは貴方の名前で、わたくしがプレゼントを贈っていたけれど、来年には貴方も成人するのよ? 今後はきちんと自分で対応しなさい。それに手紙の返事もきちんと返しなさい」
「何を書いたらいいか分からなくて……」
便せんを前に1週間悩んだこともある。
日々の出来事って言っても、勉強ばっかりで何のエピソードもない。
「何食べたかとかでもいいんだよ。頭に愛しの婚約者殿って書いときゃそれでいい」
その声にぎくりと身体がはねた。
後ろから近づいてきた兄上の声だった。
『愛しの婚約者殿』。
その言葉は、クラスメイトのアドバイスを受けて、初めて返事を返した時に書いた言葉だ。
「ティルデは喜んでいたぞ。その次の手紙には『愛するマティルデ嬢、王都の青空にその笑顔を思い浮かべ、いつも貴女を思っています』だったか……」
それもクラスメイトに考えてもらった文章だ。
まあぁ~素敵ね!と母上は喜んでいる。
「兄上は手紙を……」
「ティルデがいつも嬉しそうに見せてくれるんだ。ま、この3年でお前は10通しか返事は寄こしてこなかったが」
まぁっ! と母上が今度はお小言を始める。
「もう少し彼女を大切にしろよ。そうしないとお前はもっと大切な何かを失うぞ」
冷たい笑顔を浮かべる兄上のその言葉は予言のようで――――足元から震えがきた。




