21 フェルと王女の駆け落ち【sideマティルデ】
「マティルデ。もういいの?」
朝食の席で料理を残した私に、お母さまが心配そうに声をかけてくる。
最近、食欲がわかない。
「顔色も良くないな」
お父さまも心配している。
「大丈夫よ。挙式にむけてダイエットをしているだけだから」
一旦、情勢が落ち着いたので、予定通り1か月後の私の誕生日に結婚式をあげることになった。
フェルディナント様からの手紙は、週に1度届く。
ソフィー王女の輿入れが決まるまでは全く届かなかったのに。
手紙の内容には、自分のことは何一つ書かれていなかった。
私の近況を尋ねる言葉、家族の健康を尋ねる言葉、結婚式の内容を尋ねる言葉……
先月、私は貴族学院を卒業した。
そして、今日でフェルディナンド様が近衛を退団する。
結婚式まで残り1カ月、私と一緒にその準備をするためだ。
食堂の窓から見えるのは、木々を濡らす土砂降りの雨。
まだ午前中なのに夕方のように薄暗い。
心がふさぐ重苦しい天気だ。
こんな日に退団なんてフェルディナンド様はついていない方だ。
「大変です!」
そこに執事が飛び込んできた。
はぁはぁと荒い息を整え、一呼吸を置き叫んだ。
「ゾフィー王女殿下がグリフ伯爵令息と共に、王宮から逃亡されました!」
王女とフェルディナンド様が1?
そして私を見つめ、遠慮がちに付け加えた。
「……どうやら駆け落ちのようだと…」
椅子から勢いよく立ち上がったら、グルリと周囲の景色が回った。
「ティルデ!」
ザーザーと雨が叩きつける音と、かすかに遠雷も聞こえる。
私はそのまま倒れ、意識を失った。
王宮は殺伐とした雰囲気に飲み込まれていた。
普段は家臣や使用人たちが行きかう渡り廊下にも人影はなく、飾られていた花はすでに萎れ、5カ月前にあの煌びやかな建国記念式典の夜会が行われていたのが、信じれれないほど寒々とした空間になっていた。
今日、主要貴族たちは王宮の一室に集められていた。
王の命令で集められていたはずなのだが、その数は半分にも満たない。
何故なら、領地や国外に逃亡した者が多くいたからだ。
だが、私たちエッケハルディン侯爵家はまだ王都に残っていた。
そして宰相補佐として事態の収拾に当たっているお父さまに代わって、私とお兄さまはこの部屋にいた。
ゾフィー王女とフェルディナントの駆け落ちは、この国に最悪の結果をもたらした。
アンデクス帝国の王弟に輿入れするはずの王女の出奔に焦った王は、責任を王女たちだけに取らせようとしたのだろう。
王家は悪くない、勝手な二人が悪いのだと駆け落ちしたことを大々的に発表してしまったのだ。
そのスキャンダルは周辺諸国に瞬く間に広がり、それを知ったアンデクス王は恥をかかされたと大激怒。
まとまっていた停戦案を破棄し、我が国に宣戦布告をしてきたのだ。
職業軍人の少ない我が国は、迎え撃つために急遽徴兵制を敷き、平民で急ごしらえの軍を結成した。
この王宮の部屋には大きなバルコニーがあり、目の前に見える広場にはその平民兵たちで埋め尽くされている。
お~
お~
その身にばらばらな装備をまとった平民兵が鬨の声を上げる。
ろくに訓練を受けていない彼らは、どんな気持ちでこれから戦場に向かうのだろうか。
王がバルコニーに立つと、歓声が大きな波のようにうねる。
「勇気あるエルフの子孫たちよ。今こそ巨悪を打つ時である! 決して怯むな! 正義は我らにある!」
王の言葉に地鳴りのような咆哮が答える。
「まずはお前たちを先発隊として戦場を任せる! 家族のため、国のため、その勇気を証明せよ!」
彼らは分かっているのだろうか。
アンデクス帝国と我が国の軍事力の差を。
相手は鍬を持って畑を耕す農民ではなく、日々訓練を欠かさない生粋の兵士たちであることを。
「そしてお前たち栄えある先発隊を率いるは、このグリフ伯爵である!」
青い顔でふらふらとした伯爵がバルコニーに上がった。
「息子の不祥事に命を懸けて詫びたいと自ら志願してくれた」
王の言葉に広場は静まり返るが、今度は歓声ではなくヤジが飛び交う。
「全てお前の息子せいだ! 死んで非をわびろ!」
「国を潰すつもりか!」
「死ね! 死ね!」
彼らは広場の石を拾い、伯爵に一斉に投げつけ始める。
グリフ伯爵は頭を押さえてうずくまり、ひたすら謝罪の言葉を繰り返している。
「おじ様……」
私を娘のように愛してくれた人のその姿を、私はただ涙を流しながら見つめるしかなかった。




