20 戦争の足音と王女の輿入れ【sideマティルデ】
それからフェルディナンド様は、私に会いに来ることはなくなった。
だが彼から時おり手紙は届く。
『詳しいことは話せないが、しばらくそちらに伺えない。だが、信じて待っていて欲しい』
噂は噂で真相は違うかもしれない。
だが、れっきとした事実でその噂はできている事を、私は知ってしまった。
談話室で家族とお茶をしていると、お兄さまが忌々しそうに口を開く。
「あいつ勤務中も休日も、一日中王女の側にいて、朝までずっと王女の部屋で共に過ごしているらしいぞ」
「もうあの子の話はやめて! 聞きたくもないわ」
お母さまが立ち上がり部屋を出ようとするが、ふと私の顔を見て近づいてくる。
「ティルデ大丈夫? 顔色が良くないわ……少し熱があるんじゃない?」
そういえば、何だか最近身体がだるかった。
「ごめん。余計な話だったな」
お兄さまが慌てて謝ってくる。
「ううん」
お兄さまはずっと、フェルディナンド様に注意し続けてくれていた。
「学院の卒業できる分の単位は全部取れたんだろう? それならもう行かなくていいんだし、最終テストまで領地でのんびり過ごしたらどうだ?」
「そうね。わたくしも一緒に戻ろうかしら。ちょうど雪まつりにも間に合うわ。ねぇいいでしょうあなた」
お母さまがお父さまに声をかけるが、お父さまは厳しい顔をしたまま黙っている。
「あなた?」
「……あぁそうだな。お前たちは領地に避難した方がいいかもしれない」
「……。避難ってどういう事ですの?」
「…戦争になるかもしれない」
お母さまもお兄さまも、そして控えていた侍女たちまで、息をのんだ。
わがノルトハルム王国は、軍事大国アンデクス帝国と隣接している。
アンデクス帝国は、我が国の20倍以上の国土を持つ北の大国だ。
我が国とは人口、経済力、軍事力全てにおいて大きく水をあける強国だが、長年良好な関係を保ってきた。
しかし、数年前に好戦的な新王に代替わりしてからは状況が一変した。
今回、最初は国境に隣接する村同士の小さな小競り合いから始まったそうだ。
ところが、それを収めるためになんと、わが国の王は兵士を派遣してしまったのだ。
そうなるとアンデクス帝国も黙ってはいない。
すぐさま兵が派遣され、いつしかそれは兵士から軍同士の争いとなり……
「王は大国相手に悪手を打った。相手はうちを侵略したくて手ぐすねを引いていたのに、攻め入る理由を与えてしまった…!」
お父さまは立ち上がりお母さまを見た。
「3日後の停戦交渉に交渉役として参加する」
「お父さまが!?」
「……お前たちはとりあえず荷物をまとめなさい。そしてもし本格開戦となったら、領地に逃げなさい。そして…私が戻らなかったら……エリザベト、子どもたちを頼む」
名を呼ばれたお母さまは、落ち着いた表情で見返したあと、
「かしこまりました。伝統あるエッケハルディン侯爵の血を必ずや守ります」
そう言い切った。
優し気で穏やかな母はそこにはおらず、元王女らしい決意を秘めた横顔を見せた。
戦争が始まるだなんて……!
ゾフィー王女との仲が、どうのと苦悩している場合ではなくなった。
この状況では結婚すらできるかどうか分からない。
その後、お父さまの無事を祈りつつ、悶々とした日々を過ごすこと1週間。
お父さまが無事、帰ってきた。
「とりあえず戦争は回避できた。だが、最初に兵を動かしたことによる賠償を求められた。そこで我が国の王女をアンデクス王の王弟に嫁がせることになった」
大国の王弟に小国の王女が輿入れする……つまり人質だ。
「そしてその持参金として、ゴルコト金山を贈ることとなった」
アンデクス帝国との国境近くにあるゴルコト金山は、豊富な埋蔵量を誇る我が国随一の金山だ。
その金山を領地ごと賠償金として差し出さねばならないのか。
「……我が王はゾフィー王女をアンデクス帝国に嫁がせることに決めた」




