19 フェルの視線の先には【sideマティルデ】
王女は、こけることなく上段の席に着いた。
王たちとは離れた端にある小さな椅子の上に。
そこから彼は、ずっと王女を気にしていた。
私が話しかければ、かろうじて返事はするが、王女の姿をチラチラと目で追っている。
そして、楽しみにしていたダンス中に私は知ってしまった。
私と踊るフェルディナント様に気づいた王女が、満面の笑みで彼に小さく手を振ってきた。
それを見た彼は口角を上げ、小さくうなずいたのだ。
それはほんの一瞬のこと。
でも私は理解した。
無表情だった王女が頬を染め、本当に嬉しそうにずっと彼を見つめている。
それはあからさまな、恋する者の行動。
その思いを知ってか知らずか、微笑みながら頷く婚約者。
これでは、噂になるはずではないか――――
すっかり打ちのめされてダンスを終えると、お兄さまが彼を待っていた。
「お前、この期に及んでその行動はどういうつもりだ」
ずっと私たちを見ていたのだろう。
「母上を呼ぶからティルデはここで待ってろ」
そう言ってお兄さまは、フェルディナント様を引っ張って別室に連れて行った。
お兄さまの目にもそう見えたのだ…ならば……。
周りを見回す。
みな私と目は合わないが、噂の主3人が揃っていたのだ。
ずっとその動向を追っていたのではないのか。
王女とのやりとりを面白おかしく見ていたのではないのか。
愛する王女を見つめる男にしがみついて踊る、哀れな悪役令嬢だとあざ笑っていたのではないのか。
堪らなくなってテラスに逃げ込んだ。
もうすぐ冬を迎える夜空は冴え冴えとしていて、風は冷たい。
「私が何をしたというの」
この夜会を楽しみにしていた。
信じてほしいという彼の言葉を信じていた。
それなのに……!
「あの…」
テラスにか細い声が響いた。
「エッケハルディン侯爵令嬢よね? フェルの…フェルディナントの婚約者の」
そこにはゾフィー王女が立っていた。
「ゾフィー王女殿下。わたくしエッケハルディン侯爵家が娘、マティルデがご挨拶申し上げます」
カーテシーをし、頭を下げる。
「やめてよ。あたしがそんな扱いをされてる王女じゃないって知ってるでしょ?」
その言葉に顔を上げて、初めてゾフィー王女を間近で見た。
質の劣るドレスに身を包んだ少女のように細い身体、赤茶けた髪に『王家の色』である紫の瞳。
「あの……あのね」
おどおどとした態度に拙い言葉。
おおよそ王女とは思えないその姿は、私と同い年のはずなのにずっと年下に見えた。
「ごめんね。フェルのこと。あたしと噂になってるって聞いて……嫌な気分になったよね?」
「滅相もありません」
「……そ、そう? だったらお願いがあるんだけど」
「……」
「フェルがあと半年で近衛を……あたしの護衛騎士を辞めるって言ってるの。だからね、それまででいいから、あたしの側にいるのを許してもらいたいの」
「……」
「あたしにはフェルしかいないの! だからお願い!」
私の婚約者だってフェルディナンド様しかいない!
「お心のままに」
それ以外、私はどう答えれば良かったのだろう。
「良かったですね」と侍女に付き添われてテラスから王女が去っていくと、私はすぐさま給仕にお母さまを呼んでもらった。
そしてそのまま屋敷に帰ることにした。




