13 フェルと初めてのキス【sideマティルデ】
次の日、学院に行くと空気が奇妙だった。
みな私を見て、ひそひそと小声で何やら話している。
嫌な雰囲気だと戸惑っていると、例のヒンデンブルク伯爵令嬢が私に突っかかってきた。
「あなた! フェルディナント様の婚約者なんですって!?」
とうとう、ばれてしまったようだ。
「昨日、貴女の屋敷にフェルディナント様が入って行くのを見た方がいたの! 不思議に思って使用人に調べてさせたら……! 陰険な女ね! 私たちを騙したのね!」
「騙してなんて……」
フェルディナント様との婚約式は領地でやったので、社交界で浸透していなかっただけだ。
「しかも、いたいけな12才の頃のフェルディナント様に婚約を迫るなんて! 横暴じゃありません!? 侯爵令嬢だからって我が侭が過ぎるわ!」
「別に迫ってなんて…親同士が決めたことで……そもそも始めはフェルディナント様のお兄様とお話があって……」
「その『王家の色』をひけらかして婚約を迫るなんて、なんていやらしいの!」
いやらしい?
侯爵令嬢のこの私が?
「ヒンデンブルク伯爵令嬢!」
私の強い口調に、彼女の身体がびくりと跳ねた。
「これは我がエッケハルディン侯爵家とグリフ伯爵家が正式に交わし、王家にも承認された婚約です。ヒンデンブルク伯爵家はその婚約に対して異議を申し立てると仰せなのですか?」
「あ? え?」
「そちらの寄り親でもない我が家の家政へ干渉すると仰せならば、わたくしは侯爵家の者として看過するわけにはまいりません」
「う…うるさいわね! 下級生のくせに口答えするんじゃないわよ! そんなんだから『はずれ王女』にフェルディナント様を取られるのよ!」
「……」
「あんたにフェルディナント様を繋ぎ止める魅力がないから、あんな半端王女に取られちゃって……ほんと、みじめよねぇ~~」
社交界の噂が学院にも浸透してきたようだ。
これが王都。
これが社交界。
他人の不幸話が貴族の嗜好品。
私はエッケハルディン侯爵令嬢。
王家の血を引く女なのだ。
領地を、領民を守るためにも、わが家が侮られわけにはいかない。
その3日後、フェルディナント様が訪ねてきた。
「今さらだけれども……」
差し出されたケースには、一対のブルーダイヤモンドのイヤリングが入っていた。
「正直に話す。今までのプレゼントも全て母上が整えて下さっていたんだ」
「……知っていました」
「……だろうね。俺は今まで貴女に対して本当に不誠実だった。俺自身の気の利かない性格もあったし、若い頃は婚約者になった君にどう接したらいいか分からなくて…いや違うな…婚約というのがよく分かっていなくて、考えるのが面倒くさくて母上に丸投げしていたんだ」
「ぷっ! 正直に話しすぎです」
「あ、す、すまない」
思い出した。
私はこの人の不器用でぶっきらぼうで、ちょっと無頓着で…
「これからは婚約者として毎年、心を込めてプレゼントを贈るからどうか許して欲しい」
でも真っすぐで優しいところが好きだったんだ。
「社交界の噂の内容は確認した。悪質なデマだ。護衛騎士だから勤務時間中は王女の部屋にずっといるのは当然のことだし、休日も共にいたが……侍女殿も一緒だったし、二人きりになってない。」
じっと私の瞳を見つめるその姿に、嘘はないように見える。
「噂の沈静化を図っているが、なにぶん出どころは若い女性たちのようで……男の俺では介入が難しくて、正直、上手くいっていない。すまない。母上は領地暮らしで社交に疎いし、俺に親しい女友だちもいないし、王女の侍女殿経由で協力してもらえる令嬢を探してもらっている最中で……」
「噂についてはもういいわ。真実でないのなら、いずれ消えていくだろうから何もしなくても」
今度は他の女性と噂になっては困るもの。
この人は何というか……自分の魅力を分かっていないのよね。
この綺麗な顔とサラサラの金髪に空色の瞳。
上背のある立派な体躯。
世の女性の理想を具現化した姿なのに、ここまで女性たちの機微に疎いとは……
「何? そのため息は」
「ふふふっ。何でもないわ。フェルって変わらないな~と思って」
「……子どもの頃と変わらず詰めが甘いって? ピンクの花と青い花の違いも分からないくらいに」
「ふふふっ! フェルも覚えているの? でもおかげで私ミミルの花が、一番好きな花になったのよ。貴方が初めてくれた花なんですもの」
「……」
「耳が赤くなった~」
「大人をからかうな!」
フェルディナント様が立ち上がり、私の真正面に立った。
ちゅ。
一気に顔に血が集まった。
「はは。今度はティルデの顔が真っ赤になった」
まさか、口づけをしてくるなんて――――!
「とにかく、何があっても俺を信じてくれ」
彼の腕が私の背中にまわる。
「……うん」
信じていた。
信じていたかった。
ずっと。
永遠に。




