第4章 14話
缶コーヒーのプルタブを開ける音が、夜に小さく響いた。
炭酸でもないのに、妙に鋭く耳に残る。
優弥は一口だけ飲んで、缶を軽く振った。
「……で、そのあとどうなったんだ」
伸也が言う。
少し間を置いてからの言葉だった。
優弥は答えない。
視線は、どこか遠くを見ている。
街灯の光が、アスファルトに薄く広がっている。
「……結局」
ぽつりと、口を開く。
「そのまま、あいつは行ったよ」
それだけ言う。
あっさりとした言い方だった。
「面談して」
「何回か話して」
「気づいたら、決まってた」
感情を削ぎ落としたような声。
事実だけを並べる。
伸也は何も言わない。
ただ、次の言葉を待つ。
優弥は、缶をもう一度口に運ぶ。
今度は少し長く飲んだ。
「……たぶん」
小さく息を吐く。
「気づいたんだろうな」
「何に」
伸也が聞く。
優弥は少しだけ笑った。
自嘲の混じった、浅い笑いだった。
「俺が限界だってことに」
夜風が、少しだけ強く吹いた。
空き缶がカランと鳴る。
「生活は回ってた」
「飯も食えてたし、学校にも行けてた」
「でも、それだけだ」
視線は落ちたまま。
「余裕なんて、なかった」
「……見えてたんだろ」
ぽつりと続ける。
「言わなかったけどな、あいつは」
ほんの少しだけ、間。
「最後まで」
その言葉のあと、沈黙が落ちる。
遠くで車の走る音がする。
優弥は、空になった缶を指で転がした。
「で」
軽く息を吐く。
「いなくなった」
それだけ。
説明も、補足もない。
ただの事実。
伸也は言葉を探す。
けれど、何も出てこない。
「……後悔は」
出かけた言葉を、途中で飲み込む。
聞くべきじゃない気がした。
優弥はそれに気づいたのか、少しだけ笑った。
「あるに決まってるだろ」
即答だった。
迷いはない。
「でもな」
視線を上げる。
街灯の光が、目に入る。
「間違ってたとも思ってない」
静かな声だった。
「俺は、あの時の俺なりにやってた」
「全部」
言い切る。
強さでも、開き直りでもない。
ただの事実みたいに。
少しの間。
風だけが通り過ぎる。
「……で」
優弥が缶をゴミ箱に放り込む。
小さな音が響く。
「ここから先の話だ」
振り返る。
伸也を見る。
その目は、さっきまでと少しだけ違っていた。
「まだ聞くか」
試すような声。
「これ、そんな軽い話じゃねえぞ」
ほんの一瞬の沈黙。
伸也は、目を逸らさない。
そして――
小さく、うなずいた。




