第4章 15話
あいつがいなくなってからも、生活は続いた。
やることは、変わらない。
朝起きて、働いて、帰って、寝る。
ただ、それだけだ。
むしろ、楽になったくらいだった。
食費も減った。
気を遣う相手もいない。
時間も、自分のものになった。
「……金もな」
優弥が小さく笑う。
「馬鹿みたいに貯まったよ」
乾いた笑いだった。
「使うこともねえしな」
それでも、生活は回る。
何も困らない。
何も問題はない。
――なのに。
「……空っぽだった」
ぽつりと落とす。
夜の空気に溶けるような声だった。
「びっくりするくらい、何もなかった」
感情も、実感も。
ただ、時間だけが過ぎていく。
「そんな時だ」
少しだけ顔を上げる。
「たまたま通りかかった店でさ」
視線が、遠くを見る。
「ショーウィンドウに、目が止まった」
何があったのか、すぐに分かる言い方だった。
「ギターだった」
短く言う。
「触ったこともねえのに」
「なんでか、分かんねえけど」
ほんの少しだけ、間。
「目、離せなかった」
静かな声。
「理由なんてなかった」
「ただ――」
息を吐く。
「これだって思った」
それだけだった。
「買ってさ」
「帰って、弾いて」
「最初は音にもなんねえのに」
少しだけ、笑う。
「気づいたら、ずっと触ってた」
夜も、朝も関係なく。
時間なんて、どうでもよかった。
「……ぶつけてたんだろうな」
ぽつりと呟く。
「母親のことも」
「夏海のことも」
「全部」
誰に向けるでもない言葉。
「他に、やり場なかったしな」
そう言って、肩をすくめる。
しばらく、沈黙が落ちる。
風の音だけが通り過ぎる。
そして。
優弥が、ゆっくりと伸也の方を向いた。
「……まあ」
少しだけ口元を緩める。
「そんなに暗い話でもねえんだ」
さっきまでとは違う、軽い声。
「結局、そのあとだ」
「また、繋がってさ」
一瞬だけ、間。
「こうやって、バンドやってる」
それだけで十分だと言うように。
「それなりに、楽しくやってるよ」
嘘ではない。
でも、全部でもない。
その温度だった。
「……皆藤」
名前を呼ぶ。
「お前が一番気にしてるとこだろうから、言っとく」
少しだけ視線を逸らす。
そして、戻す。
「俺のこれは」
ほんの一瞬だけ、言葉を選ぶ間。
「兄として、だ」
はっきりと言い切る。
揺らぎはない。
「それ以上でも、それ以下でもない」
空気が、少しだけ張り詰める。
「……これが」
短く区切る。
「俺と、あいつの過去の全部だ」
言い終えると、優弥は小さく笑った。
どこか吹っ切れたような、軽い笑いだった。
その横顔を見ながら――
伸也は、言葉を失っていた。
ただの過去の話じゃない。
そこにあったのは、
積み重ねてきた時間と、
削ってきたものの重さ。
そして――
選び続けてきた覚悟。
簡単に触れていいものじゃないと、直感で分かる。
しばらくの間、声が出なかった。
夜は、静かに続いていた。




