表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
49/51

第4章 13話

ノックの音が、静かな部屋に響いた。


昼下がり。


カーテン越しの光が、ぼんやりと床に落ちている。


「……誰だ」


優弥は立ち上がりながら言った。


返事はない。


もう一度、同じリズムでノック。


少しだけ間を置いて、ドアを開ける。


スーツ姿の女が立っていた。


その後ろに、もう一人。


年配の男。


「児童相談所の者です」


その一言で、状況はすぐに理解できた。


「……どうぞ」


短く言って、道を開ける。


断る理由はない。


二人を部屋に通す。


「お邪魔します」


女が軽く頭を下げて座る。


男も同じように腰を下ろした。


視線が部屋を一周する。


確認するように。


「今日は、少しお話があって来ました」


優弥は向かいに座る。


「……何の話ですか」


女が一度だけ言葉を選ぶように間を置く。


「今の生活についてです」


「特に問題は出てないはずですけど」


落ち着いた声で返す。


事実だけを言う。


「ええ、それは把握しています」


女は頷く。


「本当に、よくやっていただいていると思います」


一拍。


「ただ、今後を考えた時に」


その続きは、予想がついていた。


「別の選択肢もある、というお話です」


優弥は何も言わない。


視線だけで続きを促す。


「あるご家庭から、引き取りの申し出があります」


静かに告げられる。


「生活環境、教育面ともに安定していて」


「将来的にも安心できる環境です」


言っていることは、正しい。


分かっている。


だからこそ、少しだけ間が空いた。


「……急ですね」


それだけ返す。


否定はしない。


ただ、受け止めきれていない。


「もちろん、すぐに決めていただく必要はありません」


女が続ける。


「まずは、お話だけでも」


その時。


「……優弥」


後ろから声がした。


振り返ると、夏海が立っていた。


壁に寄りかかるようにして、こちらを見ている。


「起きてたのか」


優弥が言う。


夏海は小さく頷く。


視線は、来客の方へ向いている。


女が柔らかく微笑む。


「初めまして」


「少しだけ、お話を――」


「……大丈夫です」


夏海が静かに言う。


「ここで」


それだけ。


強い拒絶ではない。


でも、線を引くような言い方だった。


優弥は、その言葉に少しだけ安心する。


「無理に話す必要はないです」


優弥が補足するように言う。


「今のままでも、生活はできてるんで」


落ち着いた口調。


さっきよりも、少しだけ柔らかい。


けれど。


「一度、聞いてみるだけでもいいと思いますよ」


男が静かに口を開いた。


押し付けるでもなく、否定するでもなく。


ただ、可能性を置くような言い方。


「選ぶのは、本人ですから」


その一言で、空気が少しだけ変わる。


夏海の目が、わずかに揺れる。


ほんの一瞬。


優弥は、それに気づいた。


「……優弥」


小さく呼ばれる。


振り返る。


「話、聞くだけなら」


少しの間。


「……いいかも」


静かな声。


強さはない。


でも、はっきりしている。


優弥は、言葉を探す。


すぐには出てこない。


「……無理しなくていい」


やっと、それだけ言う。


「別に、今すぐ何か変える必要はないし」


自分でも、少し曖昧だと思う言い方だった。


それでも。


「……うん」


夏海は小さく頷く。


視線は、少しだけ下を向いたまま。


優弥は、息を一つ吐く。


それから、


「……話だけなら」


短く言う。


完全な同意ではない。


でも、拒否でもない。


女が静かに頭を下げる。


「ありがとうございます」


その声が、部屋の静けさに溶けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ