第4章 9話
「母親が倒れたのは、突然だった」
優弥の声は、変わらない。
淡々と、事実をなぞる。
「朝、いつも通り起きて」
「飯の準備してて」
「そのまま、倒れた」
伸也の喉が、わずかに動く。
「最初は、ただの貧血かと思った」
「でも違った」
一拍。
「そのまま、起きなかった」
短く、言い切る。
「救急車呼んで」
「病院運ばれて」
「検査して」
「……原因は、過労」
吐き捨てるようでもなく、ただ事実として。
「笑えないだろ」
小さく呟く。
「分かりやすすぎて」
何も誇張しない。
それが逆に重い。
「もともと無理してたんだろうな」
「一人で働いて」
「そこに、もう一人増えて」
「生活も、精神的にも」
「負担は確実に増えてた」
沈黙。
「俺は、気づいてたはずなんだよ」
ぽつりと。
「無理してるの」
「でも――」
言葉が止まる。
「大丈夫だと思ってた」
「どうにかなるって」
「……思いたかっただけかもしれないけどな」
自嘲が、少しだけ混じる。
「入院して」
「最初は、すぐ戻るって言われてた」
「安静にしてれば大丈夫だって」
一拍。
「でも、戻らなかった」
夜が、やけに静かになる。
「そのまま――」
ほんのわずかに、間が空く。
「死んだ」
はっきりとした言葉。
逃げない言い方だった。
「呆気なかったよ」
「本当に」
空き缶を足元に置く。
コンクリートに触れて、小さな音を立てる。
「残ったのは、俺と」
一拍。
「夏海だけ」
風が吹く。
冷たい空気が、二人の間を通り抜ける。
優弥はゆっくりと視線を上げた。
「……ここからだ」
低く言う。
「問題は」
その目には、さっきまでとは違う色が宿っていた。




