第4章 4話
静かな寝息が、部屋に残っている。
規則的で、穏やかな音。
さっきまでの姿が嘘みたいだった。
伸也は、その場から動けずにいた。
視線は、夏海に向いたまま。
優弥が立ち上がる。
一度だけ、夏海の様子を確認するように見てから――
「……外出るか」
小さく言った。
「万が一でも、聞かせたくない」
その声は、いつもより低かった。
伸也は無言でうなずく。
二人は静かに部屋を出た。
ドアを閉める。
廊下の空気は、少し冷えていた。
夜は深い。
アパートの外に出る。
街灯の下。
誰もいない。
優弥がポケットから缶コーヒーを取り出す。
一本を、無造作に放る。
「ほら」
伸也は反射的に受け取る。
冷たい感触が、手のひらに伝わる。
プルタブを開ける音が、やけに響いた。
優弥も一本開ける。
一口、飲む。
それから、少しだけ空を見上げた。
「……さっきのやつ」
ぽつりと、言う。
「たまにある」
視線は戻さないまま。
「引き金踏むと、ああなる」
短く、それだけ。
言い訳もしない。
説明もしない。
ただ、事実だけ。
少しの沈黙。
それから、続ける。
「さっき夏海、懐かしいって言ってただろ」
伸也は思い出す。
部屋に入ったときの、あの言葉。
「ああ」
「別に、来たことがあるって意味じゃない」
優弥は淡々と続ける。
「前に住んでた」
一拍。
「ここに」
伸也の視線が上がる。
優弥は変わらない。
「俺と」
「俺の母親と」
わずかに間を置く。
「夏海」
風が、少しだけ吹いた。
「……は?」
思わず、声が漏れる。
優弥は気にしない。
「血は繋がってない」
すぐに付け加える。
「ただ――」
そこで一度、言葉を切る。
缶コーヒーを、もう一口。
喉を通す。
「そうなった経緯がある」
視線が、ゆっくりと伸也に向く。
さっきまでとは違う目。
逃がさない目だった。
「皆藤」
名前を呼ぶ。
低く。
はっきりと。
「ここから先は」
一拍。
「軽い気持ちで聞ける話じゃない」
間を置く。
「もう、戻れないぞ?」
夜の静けさが、重くのしかかる。
選択を、突きつけられる。
伸也は、何も言わない。
ただ――
手に持った缶を、少しだけ強く握った。




