第4章 2話
「……ねえ」
小さく、声が落ちる。
振り返らないまま。
「伸也」
「なんだよ」
少しだけ間を置いて、夏海が言った。
「さっきのことなんだけど」
「バンドのこと、黙っててごめんね」
「……びっくりしたよね」
伸也は軽く息を吐く。
「まあな」
素直に答える。
夏海は小さく苦笑した。
「言いづらかったんだよね」
「自分のバンドって言ってCD渡すの」
肩をすくめる。
「なんか……ちょっと恥ずかしくてさ」
「別に気にしなくていいだろ」
「そういうの」
「……そっか」
少しだけ、声が柔らぐ。
短い沈黙。
それから、夏海がぽつりと続けた。
「美羽ちゃん」
「うん」
「ほんと変わんないよね」
少しだけ笑う。
「昔からあんな感じ」
「うるさいし、まっすぐだし」
「でも、いい子」
伸也も小さく笑った。
「まあな」
「調子乗るけどな」
「そこも含めてでしょ」
くすっと笑う。
その空気は、自然だった。
けれど――
「でもさ」
夏海の声が、少しだけ落ちる。
「いいなって思う」
「ちゃんと心配してくれる人がいて」
視線が、ゆっくりと宙に漂う。
「そういうの、普通にあるの」
わずかな間。
伸也は深く考えずに、言った。
「……夏海の親だってさ」
その瞬間。
空気が、止まる。
「同じだろ」
「きっと誰よりも」
「夏海のこと、大事に思ってたはずだ」
――静寂。
「…………」
夏海が、動かない。
呼吸が、浅くなる。
「……おい?」
伸也が声をかける。
そのときだった。
「――違う」
ぽつりと、声が落ちる。
温度のない声。
「違う」
ゆっくりと、顔が上がる。
焦点の合わない目。
「そんなの」
一歩、前に出る。
「わかってる」
淡々とした声。
感情が、乗っていない。
「わかってるのに」
指先が、わずかに震える。
「なんで」
息が乱れる。
「なんで、わたしが――」
言葉が、引っかかる。
喉の奥で壊れる。
「……生きてるの」
空気が、凍る。
「なんで」
もう一歩、近づく。
「わたしが、生きてて」
声が、揺れる。
けれど止まらない。
「なんで、あの人たちじゃなくて」
視線が、伸也を捉える。
歪んだまま。
「わたしなの」
その顔は、
泣いているわけでも、
怒っているわけでもなかった。
ただ、
どうしようもなく壊れていた。
「……ねえ」
小さく、呟く。
「おかしいでしょ」
笑おうとして、失敗する。
「だって」
呼吸が崩れる。
「守られたのに」
「残ったのが、わたしで」
声が震える。
「それで普通に生きてるって」
「なにそれ」
掠れた笑いが漏れる。
「意味わかんない」
そのまま、ふらりと揺れる。
現実に立っていないみたいに。
部屋の空気が、完全に変わっていた。
さっきまでの“夏海”は、そこにいない。
ただ、
何かに引きずられた“誰か”が、立っていた。




