第4章 1話
車は、人気の少ない住宅街の一角でゆっくりと止まった。
外灯は少なく、夜の色が濃い。
「ここだ」
優弥がエンジンを切る。
しばらくして、三人は車を降りた。
目の前にあったのは、古びた二階建てのアパートだった。
外壁は少しくすんでいて、階段の鉄柵にはところどころ錆が浮いている。
「……ここ?」
伸也が思わず呟く。
「ああ」
優弥は短く答えて、さっさと階段を上がっていく。
その背中を追うように、二人も後に続いた。
二階の一番奥。
鍵が回る音がして、扉が開く。
「入れ」
中から、少しだけ冷たい空気が流れ出てきた。
伸也は一瞬だけ躊躇してから、靴を脱いで上がる。
部屋は、思っていたよりもずっと普通だった。
二間続きの和室。
古い畳の匂いが、わずかに残っている。
壁際にはアンプや機材が無造作に置かれていて、生活感と音の気配が混ざっていた。
「……あ」
小さな声がした。
振り返ると、夏海が立ち止まっていた。
部屋の中を見渡している。
「変わってない」
ぽつりと呟く。
その声には、ほんの少しだけ温度があった。
「懐かしい」
ゆっくりと歩き出す。
畳の上を、確かめるように。
伸也はその様子を黙って見ていた。
優弥は特に気にする様子もなく、靴を脱ぐとそのまま部屋に上がる。
「適当に座ってていいぞ」
そう言いながら、もう一度外へ出ていった。
車のドアが開く音。
すぐに、機材を運ぶ気配がする。
部屋には、二人だけが残った。
わずかな沈黙。
遠くで、車のエンジン音が通り過ぎていく。
夏海は部屋の奥へと歩いていく。
壁に手を触れる。
指先で、なぞるように。
「ここ」
ぽつりと呟く。
「よく、座ってた」
その言葉に、伸也はわずかに眉を寄せた。
何かを聞こうとして――やめる。
やがて、優弥が戻ってきた。
片手にケースを抱えている。
それを部屋の隅に置くと、何事もなかったかのようにキッチンへ向かった。
冷蔵庫を開ける。
少しの間、無言。
「……何もねえな」
小さく呟く。
扉を閉める音。
「悪い」
振り返る。
「飲み物切らしてる」
ポケットに手を突っ込む。
「ちょっと買ってくる」
あっさりと言う。
伸也が顔を上げる。
「今からか?」
「ああ」
靴に足を通しながら、優弥は答える。
「すぐ戻る」
ドアに手をかける。
その瞬間――
夏海の視線が、わずかに揺れた。
だが、何も言わない。
優弥はそのまま外へ出ていった。
扉が閉まる。
足音が遠ざかっていく。
静寂が落ちた。
古い部屋に、二人きり。
空気が、少しだけ重くなる。
夏海は立ったまま、動かない。
視線は、さっき触れていた壁の一点に向けられていた。
「……ねえ」
小さく、声が落ちる。
振り返らないまま。
「伸也」
その呼び方に、どこかいつもと違うものが混じっていた。




