3-18. 押し売りという切り返し
門司城にて毛利との『戦』が始まり、今日で七日目。
制限時間をフル活用した大友家ではあった。
しかし、
「なんで打って出たらダメなんだよ、あぁん!?」
「だから、まだ宗麟様からの書状が来てないのよ!」
「何の書状だっつーの!」
「説明したじゃない!?」
城内の雰囲気は中々に荒れていた。
鑑理と道雪の言い争いなどいつものことだ。
けれども、内容のレベルが低い。
「ほらほら、喧嘩しないの。お姉さんも参っちゃうわ」
「ずっと城に引きこもってますからねえ」
「皆でお祈りしまショウ」
長増と鑑速、ついでにザビエルも今一つ元気がないのだから、他の面々に関しては言わずもがな。
「……宗、麟……ワシ、もうダメじゃ」
特に母。
「駄目とか不吉な事を言わないで下さい、義鑑様。言霊って言葉をお姉さんが教えてあげます」
「出たよ、長増の迷信信仰」
「道雪殿は全く信じてないですよね。占星術とかは学問なんですけど」
「星見てどーすんだよ。敵を切った方が早いだろ」
「うーん、根本的に文化が違う」
「本国でもこういう人、いましタ」
「無駄よ、鑑速。時間の浪費。ザビエル殿もこちらへ」
カリカリとした鑑理を刺激しないように、二人はそろそろと道雪から離れる。
「道雪はお姉さんと一緒」
「私は幼児か」
「似たようなものね」
「んだ、ごら」
「はいはい、大人しくは無理だろうから、お姉さんと兵の様子でも見に行きましょう」
ピリピリとした道雪は、周囲を刺激しないように、お姉さんに保護された。
「ほら、落ち着きました?」
「……ええ、ごめんなさい、鑑速」
「昔は良くあった事ですからねー。最近は宗麟様のお陰で随分と楽ですよ」
「以前はもっと仲が悪かったのデスカ?」
ザビエルは不思議そうな顔だ。
今でも十分に仲は悪く見える。
「そうですねえ。まあ、今日の数倍は罵りの応酬が」
「欧州ではないですネ」
「え?」
「エ?」
コホン。
「とりあえず、もう一度状況を整理しましょう」
鑑理が手近の地図を広げる。
「海路で長門を飛び越えて豊前まで侵攻してきた毛利だけれど」
「大内家は一旦放置、ですかね」
「恐らく、私達への牽制」
「宗麟様がいないと見て揺さぶりをかけた。って事は尼子と繋がってるのもバレバレですねえ」
「加えて、この戦に勝っても所領は増えないと毛利は踏んでいる」
「足場固めも並行してできる、と。まあ、大友家も大きくなってきましたしね」
「大きくなると、どうなるデスカ?」
「んー、この場合だと戦に負けても里子の移動だけで済みます」
「……と、毛利は思い込んでいるはずよ」
鑑理はニヤリと笑う。
「書状、来たわよー」
長増が微笑みながら一つ手紙を持ってきた。
▽▲▽
「ボクたちの勝ちだね」
戦のタイムリミットとなる数刻前。
ようやく戦が決着した。
激しい攻防の様子はボロボロとなった城門や、やつれた兵たちの様子を見れば良く分かる。
静かに語るのは小早川隆景。
毛利三姉妹の末っ子である。
今回の『戦』は彼女一人が率いていたようだ。
「ええ、私達の負けよ」
鑑理は答える。
特に気負った様子もない。
「随分と余裕だね」
「お陰様で」
「それは良かったよ」
言葉少なに言い争う二人。
実に器用だ。
「おっかねー」
「道雪殿がそれ言います?」
「道雪サンは、おバカですネ!」
「お前には言われたくねえ」
「ワタシ、バカではないデスヨ!?」
「じゃあ、阿呆だな」
「アホ?」
「間抜けって意味だ」
「マヌケ?」
「てめえ、馬鹿にしてんのか……!?」
「バカ?」
「それはさっき分かってただろ!?」
道雪が弄られていた。
「道雪殿で遊ぶとか、ザビエル殿もやりますなー」
「鑑速、貴女の私関係ありません、って態度。お姉さん結構好きよ」
「長増殿は、なんで私にちょいちょい想いを告げてくるんですかね……?」
「いざって時の身代わりにできるかなって」
「打算的!?」
「まあ、いいや。早く儀礼を進めてくれないかい?」
隆景は巫部たちへ顔を向ける。
「やはり長引いてしまったからね。早めに安芸へ戻りたいんだ」
「そう」
両者、目を細める。
「それだけ?」
隆景の問いに鑑理は微笑む。
「いいえ」
「……まあ、そうだと思っていたよ。男子ではなく領土を切るかい?」
「まあ、結果的にはそうなるのだけれど……」
「なんだよ。ハッキリしないな」
「新たに毛利家の領土となるのは――『備後』よ?」
「何……?」
鑑理と隆景の目が合う。
「宗麟様から、いえ、『尼子晴久』殿から書状が届いたわ」
鑑理は先ほど届いたばかりの紙を顔の横へと掲げる。
顔は笑みの形だが目が笑っていない。
言いようのない凄みがあった。
「そうきたか」
そして、隆景はすぐさま理解する。
戦の始めにて宣誓された男子だけでなく、毛利家へ領土を押し付けたという事を。
「してやられたよ、尼子家から領土を譲渡されたのか」
隆景は鑑理の持つ書状をチラリ。
大友と尼子が同盟を結ぶ動きは察知していたものの、そこまでの仲だとは考えていなかった。
それもこれも、
「大友宗麟殿、か。ふふ、前々から興味はあったけれど、益々興味深いな」
隆景の発言に大友家は殺気立つ。
「安心しなよ。ボクはそこまで馬鹿じゃない」
宗麟に手を出すなど、大友家以外も敵に回すのだ。
やれやれと肩を竦める隆景に刺さる目力が若干弱まった。
「なるほど、これが大友家か」
一人納得した様子の隆景。
家族すら利用する毛利家においては、中々に不思議な光景なのかもしれない。
「小早川隆景殿」
「なんだい、吉弘鑑理殿」
視線が交わる。
決して譲らぬ、強い意志をお互いが秘めて。
「ここで、新たに『戦』を申し込むわ」
「へえ……。負けるのも計算の内、って事か」
「もう、毛利家の好きにはさせねーよ」
鑑理の隣に道雪が並ぶ。
「ふふっ。機は熟したとお姉さんも思います」
「宗麟様が動いた途端のこの安心感、なんでしょうね、凄いですよね」
「神は常に我らを見守っておりますからネ! 悪いことしちゃダメですヨ?」
続々と前に進み出る大友家の面々。
その顔には確かな自信と宗麟への信頼が惜しげもなく表れていた。
如何に宗麟と言えども、腰の重い日和見主義の尼子を動かす事は難しい。
隆景たちはそう考えていた。
それがどうだ。
蓋を開ければ領土まで譲渡する仲ではないか。
この短期間で、どうやって見ず知らずの他人をそこまで信じれるというのだろうか。
隆景は眠そうな目を細め、口を一文字に結ぶ。
これでは、本当に、
「踊らされたのはボクら、という事のようだね」
「今から十日後に『戦』を申請するわ。仕様は『団体戦:鶴翼』。場所はーー『多々良浜』よ!」




