3-4. 毛利家は三本の矢も折る
――吉田郡山城。
ここは安芸に居を構える毛利氏の本拠地だ。
折敷畑の戦で大内家に勝利した毛利家。
彼女たちはその勢いのまま、折敷畑周辺の桜尾城と厳島まで占拠した。
「厳島の宮尾城はどうだい? 建設の調子は」
女性にしては低い声が鳴る。
「ボチボチだよ、母上」
それに答えたのは鈴を転がしたような声だ。
酷く対照的な音。
両者の纏う空気も異なり、違和感が凄い。
親子でこうも方向性が違うものだろうか。
「あたしゃ、さっさと仕上げろって言ったよ。覚えているかい?」
「勿論さ、母上」
「じゃあ、ボチボチってのはどういう事なのか、説明してもらえるかい、隆景?」
母上と呼ばれる女性は日に焼けた黒茶髪をガシガシと乱雑に掻く。
威圧感が迸るようだ。
大友家の立花道雪とはまた違った重圧を感じる。
道雪は、どちらかと言えば野性だ。
天性の勘を持ち合わせ、理屈ではなく結果をもぎ取る。
しかし、この女性は全く違う。
彼女は相手を追い詰め、食い殺す狩人だ。
用意周到に敵を屠る。
そこに運はあっても偶然は存在しない。
偶々ではなく、狙うのだ。
相手の弱みを。
相手の誠実さを。
相手の欲を。
相手の優しさを。
人にとって、秤にかけられる対象。
それら全ては、彼女にとって『隙』でしかない。
それが、彼女――『毛利元就』の考え方だ。
けれども、隆景と呼ばれた少女は動じていない。
元就の鋭い目を眠たそうな目で真っ直ぐに見返す。
「ボクは”出来てない”なんて言ってないからさ。まあ、母上の満足する物は出来ているよ」
平然と、そう言い返す。
これではまるで、
「あんたが満足してないって? そういう事かい」
「そうだね。うん。そんな感じだろうさ」
なんとも曖昧。
それでも、元就は面白そうに笑った。
「あたしの考えは分かってるって、そう言いたそうだねえ」
「分かっているともさ」
隆景は表情も変えずに言う。
眠たそうな目は相変わらず母を見つめていた。
瞳の奥の感情を読み取りにくい。
それでも、確かな自信はその身から溢れている。
「ボクは『小早川隆景』だよ、母上」
名は何を表すのか。
この場合は、彼女の頭脳の明晰さを証明する。
毛利元就の娘たち、毛利三姉妹が三女にして末妹。
毛利家臣、小早川家に養子へ出され現当主の『小早川隆景』。
母の策略の才を一手に引き受けたと言われる英傑である。
「じゃあ、説明してもらえるかい? そこで聞いている姉二人にも分かるようにねえ」
元就はそういうと、隆景の横に並ぶ少女たちを見た。
「母上のその”ねちっこい”喋り方、何とかなんない? マジキモイんだけど」
彼女は隆景の姉であり、毛利元就が次女。
毛利家臣、吉川家へと養子に出され現当主となった『吉川元春』である。
妹の隆景が文学少女だとしたら、こちらはギャルだ。
全身でオシャレを楽しんでおり、言葉も少々キツメ。
姉妹なのに全く似ていない。
「も、元春ちゃん、母上に向かってそんな事言っちゃダメだよぉ」
最後は毛利家長女の『毛利隆元』。
次期毛利家当主という肩書に似合わず、どこか弱弱しい。
人によってはイライラするタイプだろう。
自己主張の激しい毛利家の中、彼女は彼女で異質な存在だった。
娘三人を眺めながら、元就は楽しそうに口元を歪めるだけだ。
隆景は面倒くさそうに軽く息を吐く。
「隆元、元春。説明をしてもいいかい?」
どうやら、一応説明はするつもりであるらしい。
けれども、
「あのさ、隆景。姉の事を呼び捨てってどうよ」
「ボクは説明をしても良いかを聞いたんだ。元春の頭だと難しかったかな……」
「こいつ、ほんとチョーシ乗ってんだけど。殺していーい?」
「だ、ダメだよぉ、元春ちゃん。ほら、隆景ちゃんも、そんな言い方……」
「隆元もはっきりしてくれないかな。ボクは忙しいんだ。少なくとも君ら二人よりはね」
「あ、あぅあぅ……」
凄まじいまでに仲の悪い姉妹だった。
大友家の仲が睦まじい分、その違いも顕著である。
何もかもが宗麟たちとは正反対。
それが、ここ。
――毛利家だ。
「隆元、元春、隆景」
「な、なに、母上……?」
「何だし」
「何かな?」
元就は九本の矢を徐に取り出す。
「説明よりも、こっちの方が手っ取り早いからねえ」
そして、彼女たち一人ずつに三本を渡した。
隆元は困惑。
元春は馬鹿にしたよう。
隆景は興味もなく、それを見ていた。
「これ、折ってみな」
「う、う~~~ん!」
「ほいっと」
「はい」
隆元は顔を真っ赤にして折ろうとするも折れない。
元春は簡単に片手で握りつぶした。
そして、隆景は腰に差していた刀の腹で真っ二つに叩き折る。
「え、ええぇぇぇ!? 隆景ちゃんのはズルくないのかな、母上!?」
「何で問題だと思ったんだい、隆元?」
「だ、だって、折れって……」
「どうやって、なんてあたしゃ一言も明言してないんだがねえ」
「うぅ~……」
元就は嘲笑する。
「隆元、お前の”力”はその程度なんだ。じゃあ、それで何が出来るかを考えな」
「……邪魔にならないように、してる」
「そうかい」
元就は何も言わない。
と、思っていたら、
「”力”は、揮うもんだ!」
突然、元就が声を上げる。
そして立ち上がった。
娘たちは母を見上げる。
隆元は驚いて。
元春はニヤリと笑い。
隆景はハッと鼻で笑った。
「”力”とは何だい!?」
「”暴力”に決まってんじゃーん」
元春が答える。
「いや、”騙り”だよ」
隆景が答える。
「どちらも、”力”さ!!」
元就が吼える。
「毛利は動こうかねえ! 邪魔な大内は既に我が掌中にあり!」
「毛利両川が一つ、吉川元春! 敵を蹂躙してやろーじゃん!」
元春も勢いよく立ち上がる。
「毛利両川が一つ、小早川隆景。敵を陥れてみせようか」
隆景は静かに立ち上がる。
「陶は厳島にあたしらが籠城すると見越しているよ、隆景や」
「任せるが良いさ、母上。ボクは陸から行こう」
「陶は水軍を大量に率いるだろうねえ、元春!」
「だからなんだって、母上。あーしの武威、見せつけてやろーじゃん?」
元就は満足そうに笑う。
獲物は既に――策に落ちた。
「『少弐』と『尼子』は唆した。陶水軍の拠点『周防富田』は調略済み、桜尾城の桂元澄には内通の偽装も指示し、これで陶はただただ厳島のみを攻め立てるだろうねえ……!」
元就の口端はより深く吊り上がる。
まるで、赤い三日月だ。
「さあ、これで後は噂を確かめるだけだねえ……隆元」
元就は最後の一人を呼ぶ。
長女にして、次期当主。
しかし、その才は凡人の一言。
肩書というプレッシャーに押しつぶされそうな少女が、ただそこにはいた。
「も、毛利宗家、毛利隆元……。噂の男子『大友宗麟』殿に……い、い、いぃ!」
息を吸う。
吐く。
「いっ、色仕掛け、頑張りますぅ!!」
「ひぃ~ん! 恥ずかしぃよぉ~!」なんて情けない声。
隆元ちゃんの受難は、
――ここまでだ。




