3-3. 宗麟の布石
「宗麟様、どうされますか?」
鑑理が慎重に口を開く。
大内家の敗北。
大内義隆の引き渡しを毛利家が拒否していた時点で『戦』になる事は分かっていた。
しかし、こうも簡単にあの大内家が負けるとも思っていなかった。
それが正直な彼女たちの感想である。
大友家もその大内家に勝利した。
それでも、大内家は西国一と謳われる強国だ。
それに、正面からまともにぶつかり合った訳ではない。
現在は九州を始め、中国四国地方も豪族や小大名が群雄割拠している。
その中で周防、長門、安芸、石見、筑前、豊前の六か国を支配下に置いていた大内家は紛れもない大国だ。
それが、
「毛利殿にあっさり負けた……」
宗麟は難しい顔で呟く。
「毛利家は瀬戸内海に位置する安芸と石見の管理を任されています」
鑑理は宗麟へ説明するように語る。
「とは言え、実質の支配にまでは至っていません」
「瀬戸内海の海賊や安芸の国人衆で大内家に臣従してる御家も多いですしねえ」
「鑑速の言う通りです。お姉さん的には毛利家はそこまで強くありません」
「でも勝った。それが事実だろ」
道雪の言葉で場に静寂が立ち込める。
「どちらにしろ無視はできないよ」
宗麟はそう言うとフウと息を吐きだした。
「問題は今後かな」
「宗麟様の言う通りです。しかし」
「どうするかが問題なんだろ。別に鑑理が言わなくても若なら分かってる」
「ええ、そうね……」
普段と違い歯切れの悪い鑑理。
どのような戦だったのか、その全容がまだ把握できていない。
それが今後の指針を考える際のネックになっていた。
鑑理の懸念と不安も皆が理解している。
「援軍出すかの」
ポツリと義鑑が言葉を零す。
「いや、それはまだ早いですよ!」
それに待ったをかけたのは鑑速だ。
義鑑は若干視線を厳しくする。
「大内には塩乙丸、いや、義長がおるんじゃぞ」
言葉少なく威嚇する。
義鑑にとっては可愛い我が子だ。
見捨てるような事は出来ない。
それは皆にとっても同じだが。
「落ち着いて下さい、義鑑様」
「無理じゃ、鑑理」
「はあ……」
いつもなら駄々をこねる義鑑である。
それが、こうも静かに反論するを見るに、どうやら本気で怒っているらしい。
「何も助けないなんて言っておりません」
「そうですよぉ、義鑑様。今動いても後ろの備えがありませんし」
「鑑速じゃないけれど、お姉さんは島津家と龍造寺家の動きが気になります」
「島津ぅ? あの薩摩の田舎者がどうしたんだよ」
「最近、勢力の拡大が著しいのよ」
「マジかよ鑑理。全然知らなかったぞ」
「貴女に言っても仕方ないでしょ」
「喧嘩売ってんのか、こら」
ガルルと荒ぶる道雪を鑑理はスルー。
薩摩島津家と豊後大友家の間、土地的には他にも多くの小大名がいる。
そのため、すぐにどうこうという話ではない。
けれども、肥前龍造寺家は別だ。
大友家と仲良くしていた少弐家から肥前を奪い取った彼女たちは現状静かである。
しかし、隙を見せたらすぐに喉元へ食らいついてくるだろう。
「あまり大っぴらに動くのもマズい、かな」
宗麟の言葉に皆が押し黙る。
「……書状」
その中で、石宗一人が声を上げた。
「あ、流石だね石宗。うん、僕もそうしようと思ってた」
諸将はポカンである。
以心伝心、阿吽の呼吸。
言葉が少なすぎて理解ができない。
「ど、どういう事ですか?」
慌てたように問いただす鑑理。
他もウンウンと説明を求める。
「この間、異国の人が難破して来たでしょ」
「は、はい。種子島に来たそうですが……」
「その人たちが面白い物と教えを持っていてね」
「面白い、物と教え……?」
要領を得ない。
鑑理たちの困惑は深まるばかりだ。
「うん、少し準備が必要かなあ」
「……鍛冶師」
「そっちは石宗に任せても良い?」
「……了解」
「ありがとう」
宗麟と石宗だけで勝手に話が進んで行く。
「ワ、ワシも何かやるのじゃ!」
我慢できない。
そんな感情が分かりやすい程分かりやすい御仁である。
「母さんは……悪いけどお留守番かな」
「何故じゃ!? って、え、宗麟、出かけるんかの?」
「少しね。それに、母さんには後ろに睨みを利かせて欲しいから」
「供周りはどうされますか?」
「紹運と誾千代かな。そうだ、塩市丸も連れていこう」
この場にはいない子供勢の名が宗麟の口から飛び出る。
鑑理だけでなく、皆が眉間に皺を寄せた。
危険ではないかと思ったのだろう。
もう少し年配の者が連れ添った方が良い。
「それだけですか?」
「じゃあ……石宗も」
石宗も剣術等、腕は大したことがない。
ぶっちゃけ弱い。
凄く、弱い。
護衛としての年配者を。
皆が思ったが、
「大丈夫、危険な事はないし。それに、紹運って結構強いよ?」
宗麟に機先を制された。
「……分かりました」
渋々ではあるが、ここは宗麟を信じる。
紹運は元服しているものの、未だ『戦』に出た事がない。
つまり、一人前とは認められていないのだ。
皆が心配になるのも妥当だろう。
と、見せかけてバレないように誰かを送るつもりの皆だ。
過保護は伊達ではない。
実際、宗麟の立場を考えるならば、当然とも言える判断だろう。
そこのところは相変わらず疎い宗麟である。
「若、私は?」
「道雪はいつも通り。頼りにしてるよ」
「分かりやすくて良いね。さっすが若」
道雪はニヤリといつもの如く。
「お姉さんは豊後に残って石宗の引継ぎとお手伝いかしら」
「うん、助かるよ。ありがとう」
「じゃあ、私は援軍の準備でもしておきます。物資の確保とか時間かかりますし」
「鑑速もありがとう」
「となると、私は義鑑様のお守ですか。宗麟様、こちらはお任せ下さい」
「鑑理だけ何か違う気がするんじゃが!?」
着々と決まっていく。
指示を出す中心が宗麟である事にツッコんではいけない。
それでも当主は義鑑だ。
疑問を持ってはいけない。
「結局……手紙って何です?」
ここで、鑑速が再度宗麟へと質問をする。
宗麟はフフっと悪戯っ子のように微笑んだ。
「な・い・しょ」
「「「はぅっぱ……!?」」」
口元に人差し指を当てた宗麟。
項垂れるように、もしくは傅くように皆が膝立ちになる。
宗教画のような構図だった。
「じゃあ、僕はちょっと人と会ってくるよ」
皆の様子を華麗にスルー。
宗麟がゆっくりと立ち上がる。
とうとう家臣たちに対しても放置プレイを覚えたようだ。
身内枠が広がっている。
「じゃあ石宗、付き合ってくれる?」
「……無問題」
「え、ちょっと、何で石宗殿だけなんです!?」
「お姉さんも一緒じゃダメなのかしら?」
「宗麟様に迷惑かけないの。ほら、私たちは私たちの仕事をするわよ」
「鑑理が大人ぶっておる! どうせ宗麟に良い恰好を見せたいだけじゃろ!」
「義鑑様はいつになったら学ぶんでしょうか? 大友館の屋根を直させますよ」
「落ちちゃうから無理じゃ!」
「……気にするところはそこですか?」
「私は訓練にでも行こっかなっとぉ」
各々が動き出す。
大内家が毛利家に負けた報告を受けた時とは雰囲気が違った。
これも宗麟のカリスマの成せる業だろうか。
義鑑よりよっぽど当主している。
「宗麟様、誰と会うかだけお伺いしても?」
「ん、ああ」
義鑑の首根っこを掴み、彼女をズルズルと引きずっていた鑑理が振り返り声をかける。
宗麟は石宗と二人残っていた。
ここに人とやらが来るのだろうか。
「『フランシスコ・ザビエル』って人。面白い物と教えを持ってきてくれた人だよ」
宗麟はにこやかに笑い、そう鑑理へ告げた。




