3-2. 踊る大内家
周防大内氏館。
そこでは、お通夜のような軍議が開かれていた。
「あっさりと負けてしまったです……」
呆然とした表情で呟いたのは大内家重臣へとなった陶晴賢だ。
大友家から迎え入れた宗麟の妹、大内義長を日頃から支えようと奮起していた姿は見る影もない。
「輝弘君……大丈夫とね?」
「「「うっ……!?」」」
義長の呟きに、諸将は喉の詰まった声を漏らす。
「だ、大丈夫! ……なんて、言えませんですよね、です」
空元気を出そうとするが失敗。
晴賢は泣きそうな顔だ。
それもそのはず。
先の戦『折敷畑の戦』で、大内家からは大内輝弘が賭けられた。
つまり。
輝弘は現在、毛利家にいる。
「ううぅ、まさか毛利殿があんな事するなんてです……」
大内家は義長を新たに当主とした。
その事で、確かに家中はごたついていたのだ。
それでも、毛利と争ったのにも理由がある。
毛利氏は大内家家臣であり、周防の東、安芸と石見の”国人衆”を束ねていた。
主な役割は山陰にて勢力を拡大させていた『尼子氏』への牽制だ。
ちなみに、”国人衆”とは鎌倉時代から続く土着領主の事である。
そんな毛利家だったが、『大寧寺の変』では晴賢たちに協応しなかった。
その逆だ。
逃げた前当主、大内義隆を匿ったのである。
これを現大内家が見過ごす事は出来なかった。
「そもそも、どうして毛利殿は義隆殿の引き渡しを拒否したと?」
義長が今更ながらに問いかける。
まだ当主として日が浅い彼女だ。
政治的な駆け引きにも疎い。
「毛利殿……現毛利家当主の毛利元就殿ですが」
晴賢は表情を厳しくする。
「彼女は結構な策略家なのです。悪知恵が働く、と言いますか、とにかく計算高いのです」
義長は首を傾げる。
「だから?」といった表情だ。
計算高いのと義隆の件が上手く結びつかないのだろう。
「元就殿は大義名分が欲しいのですよ。周防を攻めるための、です」
晴賢の言葉が広間に重くのしかかる。
諸将は顔に緊張の色を滲ませ、口を強く引き結んだ。
「元就殿にとって、大内家は主人であると同時に目の上のたんこぶです」
「まあ、あの義隆殿に振り回されとったらねえ」
「はいです」
「で、元就殿としても義隆殿を追い出すんは良か、と」
「けれども、それで終わらないのが元就殿の小狡いところです、です!」
「……晴賢、元就殿のこと嫌いとね?」
「苦手ですぅ……」
晴賢は基本的に腕力でなんとかする派だ。
策略を巡らす元就とは相性も悪いのだろう。
「それで終わらなか言うんは周防が欲しいから、ゆう事け?」
義長は話を戻す。
このままだと晴賢の愚痴が始まりそうだった。
「あ、はいです」
コホン。
「追い出すのは私たちに任せ、逃げてきたところを保護。そして、次の当主は大友家から呼んだです」
「ウチとね」
「そうなると、毛利家はこう言いますです」
「何と?」
「『正当な当主を追い出し、権益を独占する非道な行いだ』みたいな感じです」
「え?」
「そして、こう続くです。『義隆殿こそ正当な当主! 彼女を擁する毛利家は逆臣を討たなければならない!』、です」
「えぇー……」
義長はあきれ顔だ。
他人に罪を擦り付け、自分は良い人面しているようなものである。
擦り付けられた方はたまったものじゃない。
「元就殿はそこまで見越して、大寧寺では手を貸さんかったと?」
「恐らくはそうです。大内所領をぶん捕った後は適当に飼殺すつもりなんだと思うです」
「よう頭の回る人とねえ」
「いや、感心してる場合じゃないです!?」
コホン。
思わずツッコんでしまった晴賢。
咳払い一つでとりあえず誤魔化す。
「つまり、毛利家は正面から大内家へ喧嘩売ってきたです。許すまじ、です!」
「晴賢も道雪枠やったとね……」
「道雪殿は憧れです!」
「誉めとらんよ?」
ここまで熱く、メラメラと闘志を燃やしていた晴賢だった。
しかし、
「それで宣戦布告したこの間の『戦』で、ボッコボコにされた訳とね」
シーン。
再びお通夜となった。
義長としては事実確認をしただけだ。
声に出して復唱。
確認は大事である。
「だ、だって元就殿が卑怯です!」
晴賢が勢いよく立ち上がる。
「戦の宣誓が始まる前に攻撃するんですよ!? 卑怯です、卑怯です、卑怯ですぅ~!!」
地団駄を踏む。
変なダンスのようだ。
流石の義長も少し引いた。
「お、落ち着くと、晴賢。戦の仕様として問題なかと、仕方なか」
「輝弘君を取られちゃったんです! 問題大ありですぅ!」
「そ、それは分かっとるたい」
「義長様は分かってるようで分かってないです!」
「禅問答!?」
戦の事を思い出し興奮したのか。
諸将もあーだこーだと勝手に声を上げ始める。
「あ、えと、お、おーい! 皆、静かにせんとダメたーい」
義長が焦って口を開く。
しかし、皆の耳には全く入っていない。
完全に出来上がっている。
義長ちゃんは涙目だ。
「わざわざ嘘の仕様を送り付けてきたです! ありえないです!」
「場所も違った!」
「日付も違った!」
「将も!」
「将の申請すら誤魔化してたなんて詐欺です! 神事を何だと思っているです!」
「「「そうだそうだー!」」」
晴賢を中心とした武闘派の将が不満をぶちまける。
文治派もいるが、こちらは物静かな人が多い。
相対的に晴賢が目立つ。
ギャイギャイと騒ぐ彼女たちを、白い目で文治派の将たちが見つめる。
義長ちゃん、早くも御家分裂の危機である。
「はわあ、はわわ、あ、兄者ぁぁぁ、ウチ無理たい、お家帰りたか~」
えぐえぐと涙ぐむ義長には誰も気づかない。
まだ若い子の集団だ。
こんな時こそご意見番の方々が必要なのだが、軍議に関してはノータッチだった。
正確に言えば、軍議の結果を聞いてアドバイスをするので、リアルタイムで軍議には参加しない。
それでも良かったのは、
「晴賢殿、先走りすぎです」
「殴る事しか知らないのかしら」
「流石猿ですね」
ぷぷっ。クスクス。
文治派がブレーキ役となる場合が殆どだからである。
ただし、喧嘩腰になる事は予想していなかったかもしれない。
「はあー、分かってないお猿さんがここにもいたです」
「な、何ですって!」
「宗麟さんの御言葉を忘れたです?」
「忘れる訳……ッハ! まさか!?」
「そうです、頑張ったら、ご褒美です」
「「「毛利を攻めましょう!」」」
その結果が、コレである。
短絡的な思考は宗麟のせいかもしれない。
宗麟の意図するところとは違うだろうが、宗麟のせいかもしれない。
不用意に女性へ火種を残してはいけない事への教訓である。
「よし、今度こそ毛利元就をギャフンと言わせるですーー!」
「「「おーーー!!」」」
「え、何かまとまったと……?」
「義長様!」
「な、何と?」
「戦です! 次は『厳島』で海上戦を仕掛けてやるです!」
「もう、お家帰りたかーーー!?」
血気に逸った晴賢たちは、再び毛利家へ『戦』を申し込む。
――毛利元就の掌で踊らされているとも知らずに。




