3-1. 恐らく空回った
「兄者、あに、あ、兄者、あああ兄者ぁぁぁあああ!!」
「宗麟さん、私はいつでも貴方の事を思っていますですー! ですー! ですぅー!!」
「宗麟殿、私は、私は……私はぁ~~~!」
「うるせえっ!?」
宗麟の腕の中で号泣する塩乙丸――改め、『大内義長』。
そして、縋りつくように宗麟へと迫る陶晴賢。
最後に、ダバーと滂沱の涙を流す『大内輝弘』。
彼女たちを始めとした大内家の人々は咽び泣いていた。
本日。
宗麟は豊後へと帰る。
大内家も周防へと帰る。
ただ、それだけである。
道雪が鬱陶しそうに宗麟から女性たちを引っぺがすのも無理はない。
宗麟はいつもの如く苦笑いだ。
彼が怒る時はどんな瞬間なのか。
「ほら、姉様。周防へお帰り」
「塩市丸とも会えんくなるーーー!」
「……私が死ぬみたいじゃん」
今度は妹である塩市丸をヒシと抱きしめる義長だ。
塩市丸も口では文句を言っているが、どことなく寂しそうである。
「鑑理どうにかしろよ」
「無理よ、道雪。気持ちは痛いほど分かるもの」
「じゃあ、誾千代」
「乙姉の事、今度からなんて呼べば良いのかな、母?」
「知らんがな」
「誾千代とも会えんくなるうぅぅぅ!」
「乙姉、えっと、義長……さま?」
「さまぁ!? 気持ち悪かっ!」
「もうヨッシーで良いかな」
「え、ワシ?」
「義鑑さまの事をヨッシーって呼んだら絶対母に殴られる……」
「じゃあ、じゃあ、義姉でどうと!?」
「もう面倒だから義長ちゃんで良いや」
「ちゃん!?」
段々気が晴れてきたのだろう。
義長の雰囲気も普段通りとなってきた。
話を逸らされているとも言う。
「ぐすぐす。義長様、御達者で。私は宗麟様と仲良く仲良くしてますね」
「紹運も良い根性しとるね!?」
「これで兄様の妹は私一人だね」
「二人とよ!? ウチも妹止める訳ではなかとね!」
「じゃあ、あたいが本当の妹になるよ」
「それは婚姻たい、誾千代! ウチの目が黒い内は許さんと!」
「で、では、私が宗麟殿の弟に」
「「「それは、どういう状況……!?」」」
子供勢はいつでも元気だ。
輝弘ともすっかり仲良くなったようである。
女性に対して恐怖心を抱いていた輝弘。
相手が子供とは言え、女性たちと彼がワイワイと楽しそうにしている姿に宗麟は目を細める。
対して、大人勢は少々醜い。
「晴賢ちゃーん。そろそろ宗麟様を離さないと、お姉さん怒っちゃうぞ?」
「ワシの宗麟に色目使いおってぇ……。猿じゃな! こやつ猿!」
「うう、頭が痛い……。私、昨日、何してましたっけ?」
「よし、行って鑑速! 酒臭いのを晴賢ちゃんに移すのをお姉さん許しちゃう!」
「宗麟様に酒臭いって思われたら死ねるので嫌です」
「酔っぱらった鑑速なら、お姉さんの為に死んでくれるのに……」
「死にませんよ!?」
「宗麟さーん、何だかオバサンたちが五月蠅いですぅ」
「「オバっ……!?」」
「ワシ、おば、オバサンじゃないもん!?」
「若の前で調子乗ってるぞ、このガキ」
「覚悟は出来ているわね、晴賢?」
「鑑理殿、母である興房殿にチクりましょう」
「こんな時でも鑑速は鑑速でお姉さん安心しちゃう」
「……馬鹿ばっか」
珍しく喋った石宗には誰も目をくれない。
大友加判衆は本気だ。
いくら見た目が二十代に見える若々しさを保っていても、年齢はタブーである。
なお、石宗はオバサン呼びも気にしない。
一番年上であるにも関わらず、一番幼く見えるためだ。
一人勝ちである。
「皆仲が良いねー」
宗麟がのほほんと呟く。
いつもの事だ。
もう宗麟も慣れた。
「でも、そろそろ行かないと」
宗麟の合図で大内家が涙を流す。
元々湧き出る水のようだったそれが、滝へと勢いを増した。
「塩乙丸。いや、義長」
「兄者ぁ」
「難しい事は大内家の人々に頼っても良い。でも、大事な事から目を逸らすのだけは駄目だよ」
絶賛、宗麟と離れ離れになる事から目を逸らしている義長だ。
いつもと違う意味で彼女は胸を抑えた。
「民としっかり向き合って、多くの事を年配者から学ぶんだ」
「ウ、ウチ……」
「大丈夫、義長ならできるよ」
不安に瞳を揺らせる義長に、宗麟は微笑みかける。
「義長は、僕の自慢の妹だからね」
輝く太陽がそこにはあった。
「義長ちゃんが倒れた!」
「誾千代、早く早く息の確認を!」
「紹運、駄目だ! 白目向いてる!」
「よ、義長さーん。大丈夫?」
「「輝弘くんは逆効果だから近づいちゃダメ!?」」
「私の姉様は今日も可愛かったです。まる」
次に宗麟は晴賢へ向き直る。
本当に慣れてきたようだ。
扱いがおざなりになっている。
家族に対してだからかもしれないが。
晴賢は「いつでも来るです!」と身構えた。
「可愛い妹なんだけど、ちょっと抜けてるところがあるから。よろしくね、晴賢ちゃん」
「ちゃ、ちゃちゃちゃちゃーん!?」
晴賢は妙なリズムで合いの手を入れた。
そして、大友家の面々は瞠目する。
「これはご褒美なのでは!?」
「鑑速、私たちの年で”ちゃん”は厳しいわ!」
「馬鹿、鑑理! それを自分で言っちゃあお終いだろ!?」
「お姉さんならいける気がする。道雪、どう思う?」
「知らねーよ!?」
「……ちゃん」
「ちゃん……。良いかもしれんのう」
「「「石宗と義鑑様は、止めときましょう」」」
「……訴訟」
石宗はぷんぷん。
コンプレックスと呼び方は別腹らしい。
「ワシの威厳が損なわれるし、しょうがないのー」
義鑑はニヤニヤ。
勘違いはそのまま放置された。
「おほぉぉぉ」と天に祈りを捧げている晴賢を回収した大内家一行は、一路周防へと旅立つ。
「病気には気を付けてねー! あと、興房殿にもよろしくー!」
宗麟の声が去っていく人々の背中を引っ張る。
彼女たちの足が遅々として進まない。
『大寧寺の変』で多くの大内家重臣は隠居を表明していた。
それは、晴賢の母である興房もそうである。
これからは新しい世代の人々が大内家を作り上げるのだ。
勿論、隠居したとは言え、すぐさま政務の全てを任せる訳ではない。
ご意見番のような存在として若い子たちを支えるだろう。
しかし、政務の指針や決定権を持つのは晴賢たちだ。
その事を聞き及んでいた宗麟は、彼女たちへ激励を送る。
「頑張ったらご褒美あげるねー!」
完全に子供に対するそれだった。
彼の中で、「頑張れば褒められる」は正義であるらしい。
「「「めっちゃ頑張ります!」」」
大内家の意気軒昂とした喝采が上がる。
それをにこやかな顔で聞いた宗麟も、豊後へと向け寺を発ったのだった。
△▼△
後日。
大内義長を当主とした新体制が樹立。
刷新された忙しい日々の中。
大内家臣であった安芸の領主『毛利元就』がその混乱に乗じて離反。
元々、『大寧寺の変』で手を貸さなかった毛利氏であったが、明確に大内家からの独立を宣言する。
東へと逃げていた『大内義隆』を庇護。
更に、晴賢による”義隆引き渡し”の拒否。
後の世に『防芸引分』と伝わる、大内家と毛利家の決定的な溝が出来上がった。
そして、
「宗麟様、大変です!」
豊後大友館へ兵が駆け込む。
「『折敷畑の戦』で、大内家が毛利家に負けました!!」
休む間もなく。
大友家は毛利家との全面抗争へと突き進む事となる!




